の指先はまるで糸を紡ぐように、くるくるとふられる。その指先をじっと見つめて居ると、「どうしたの」と笑うのだ。いいや、と彼が首を振ると何事もなかったかのように彼女は小さく音を口ずさむ。ハレルヤ<主をほめたたえよ>と唇から音が零れ落ちる。
耳を傾けていると、ああ、と何かに気づいたのか今度は慌ただしく彼女は立上ってかけ出していく。
歌い出したのはのくせに、妙に耳にしっくりと残ってしまったからデビトは「なンだよ全く」とぶつぶつと文句を言いながらも追いかけるようにして立ち上がった。
「オイコラ、よそ見してンじゃねーよッたく……」
追いかけた先には猫が居た。随分と太った猫が二匹が寄り添って眠りに付いている。はその猫たちをじっと見つめていて、ハレルヤを不快にならない程度の小さな声が歌った。
猫が彼女の存在に気づいたように片目を開けたが直ぐに細めてゴロゴロと鳴き眠りにつく。いい天気なのだから仕方が無いのだが、シエスタをこうも目の当たりにするとデビトとしては「猫はいいよな」と毒づきたくなる。言葉に出ていたのか、は苦笑いを一つこぼすと「そうだね」とつぶやいた。
猫であれたなら、きっとデビトはこんなにも苦しまなかったのかもしれない。
猫であれたなら、きっとも自分の無力さに嘆くこともなかったのかもしれない。
けれど彼らは人間で、もがいて苦しみながら生まれて、躓きながらも生きている。四本足から二本足で立上り、歩いている。悩んでいる、苦しんでいる。
感慨深く沈黙するデビトの横でが少しだけ猫を撫でると、くるりとデビトの方へ振り返った。ちょいちょいと手招きをするとデビトは意味が分からないというような顔をしたが、それを無視し手招きをした後に彼の胸に拳をぽん、と押し付けた。
「ンだよ」
「らしくない顔」
いつも堂々としているデビトからは想像のできない顔で、は指摘した後に頭を今度はくしゃくしゃと撫で回す。折角セットをしたところで彼女の前ではまるで無意味だ。デビトはやめろ、離せと暴れるが彼女はどうしようかなあ、と笑うばかりだ。
「、いい加減にしろテメエ!」
「元気でた?」
「ア?」
何を考えているのか分からないデビトの考えなどは勿論分かるわけがないのだが、少しばかり心配そうに見ていたが意外だったのか、目を丸めてバーカ、と彼はの髪を先程自分がされたようにぐしゃぐしゃにしてしまう。次に彼女の頭にチョップを一つすれば「ぎゃあ」と彼女は悲鳴を上げた。
「オメーに心配される程、俺は弱ッちくなった覚えはねーよ」
「心配してくれてグラッツェ、ぐらいいいなさいよ、そこは」
「ダーレーが、テメーなんかに言うか、アホ」
鼻をべちん、と叩いたデビトには鼻を抑えながらルカに訴えてやる、だの文句を言うものの涙がうっすらと浮かんでいる姿では全く格好が悪いのだから意味が無い。
デビトは適当に促した後に、丸くなって眠る二匹の猫を見下した。
彼らのように単純に生きれたら。陽のあたる場所で丸くなり、眠り、腹が減ったら食事をし、欲情する時期に繁殖能力からお互いが側に自然とより、性行為を行う。なんてことのない動物の本能だ。
気ままで、毎日が自由で、彼らが随分と眩しく見えた。
ズキン、ズキンと痛む右目は何かをデビトに訴え続ける。
「デビト?」
が振り返ると彼女は少し狼狽し彼に手を伸ばす。自然とその手を振り払うと随分と驚いた顔をして、直ぐに強がってないで頼りなさい、とまるでルカのような叱り方で彼の腕をつかむ。無理やり覗き込もうとしたに「お前馬鹿力すぎ」と呆れたように言うと彼女は顔を少しだけ歪ませて笑った。無理やり笑っているその顔は彼が知る彼女の顔の中で不細工この上ない。
にはもっと、自然体で綻ぶ顔のほうが似合う。
そんなことを言えば間違いなく照れて顔を背けてしまうのだろうけれど、そんな甘くも酸っぱくも苦くもない、日常的なやり取りはデビトからすれば嫌いではない日常だ。馬鹿しかいない幼馴染たちと、彼女と、くだらないやりとり。
それは、猫では出来ない行為だ。
「別に何でもねえっての」
「……あ、そ」
「ンだよ、気になるなら女らしく『デビトがほっとけないの』ぐらい言えっての」
いい女なら、答えてやってもイイゼ?
笑うデビトには絶対やだね、と笑い再びハレルヤを口ずさむ。彼女が歌う曲はレガーロの華やかな歌もあるが教会育ちの自分たちでも分かる聖歌が多い。
「お前、何が楽しいワケ?」
「なにが?」
「さっきからずーっと口ずさんでるだろ」
ああ、とは頷くと指を真っ直ぐに路の更に先を指さす。路の向こうでは子供たちが仮装をし、花を振りまいて踊っている。小さな行進は楽しげで、きゃあきゃあと子供たちの歓声が聞こえてきた。
猫が煩そうに目を開き、そしてもう一匹の耳を舐めるともう一匹も起きだし、そのまま二匹はかけ出して行ってしまう。
その行為が面白いのかはクスクスと笑った。
「今の猫、デビトみたいだったねぇ」
「ハア?」
「お祭りごととか結構好きな割に、五月蝿いのは好きじゃない」
面倒な性格してる。悪気を一切持たないの物言いに、デビトは別に、と返したがはクスクスと矢張り笑い、素直じゃないなあ、と彼の肩をぽんぽん、と叩いた。
「」
「ん?」
すう、とデビトの目が細められ、の頬に手がするり、と添えられる。は驚いたように目を大きく開いたが、デビトはまるで気にもとめないように彼女に音もなく近づき睫毛がぶつかりそうなほど密着する。
「ナマイキなんだよ、のくせに」
しかし、彼は意味のわからない反抗として彼女の両頬を両手で寄せた。
突然何が起きたのか分からないは、盛大に「はあ?!」と声を荒らげたが、デビトはどこ吹く風だ。タコのような顔をしたの表情は彼の笑いのツボに入り爆笑をするとそのまま彼女は、本当にタコのように怒り「何すんの」と文句を言う。
「なーんだよ、キスして欲しかったのか?」
「何言ってんの!」
「……してやってもいいけど?」
ナァ、。
色気のある艷めいたデビトの物言いは自然との四肢の自由を奪う。硬直し、言葉すら出せない状態ではデビトを見据えると「バーカ」と彼は笑った。挨拶がわりの頬へのキスに「ぎゃあ」とは鈍い声を上げる。
別段代わり映えのしない挨拶なのだが、今の行為の挙句だと心臓に悪い。彼はくくっと喉の奥で笑うとそっとから離れた。
「俺の相手にされたきゃ、もっとイイ女になれよな、」
「余計なお世話!」
そいつァ残念だ。
デビトは彼女の手首を掴むと音もなく口付けを一つ落とす。な、とがいうよりも先に器用に離れ「イイ女になった口にしてやるよ」なんて笑って言う。
先程よりもますます顔を赤くしたは口付けを落とされた手を振り払うようにしながら「アホ!」と声を荒げる。
「折角ハレルヤを歌ってくれたプリマ・ドンナには礼ぐらいしねえとな」
「もーホントさっさとどっか行け馬鹿!」
しっしと腕を振り払ったにデビトは「へーへー」と相槌を打つと片手をポケットの中に入れ、投げキッスをした後さっさと背を向けて去っていった。
取り残されたは妙に心拍数が上がったことと、頭痛がしたことから思い切り溜息を零す。
子供たちの歓声と、先ほどの行為はまるでミスマッチで対比的だ。
「……あの馬鹿!」
どうしてくれんのよ、という彼女の声はレガーロ島の一角で響いたものの、デビトには届かない。
彼はイシス・レガーロに戻っていく途中の階段で、すれ違った巨乳・美脚・美尻の女性に思い切り振り返っている最中だったので勿論の叫びなど気にすることもない。
ただ、彼女をナンパしてイシス・レガーロに足を運ばせることを約束し別れた後に階段を見下ろし「年下扱いするからだ、バーカ」と笑い、そのまま振り返ることなく再び彼は歩き出した。
仕事の後、いつものバールでいつもの倍以上のハイペースでボトルを3本一人で開けると、その横で余裕の笑いを浮かべるデビトと何が何やら分からず首を傾げるルカと、何時もどおりラザニアを食べるパーチェが居たのは余談である。
Primadonna:主役女声歌手、主演女優。