二人でプランツォでも
どうでしょう

 潮の香りと波の音、ウミネコの独特的な鳴き声の遠い残響が耳に届く。はやって来る船と手元にある書類を照合させながら、部下たちの配置を支持する。
 今日もいい天気だ。思わず空を見上げると空は快晴、レガーロ晴れだ。眩しさから思わず手で影を作ると「」と聞きなれた声が彼女を呼んだ。
 振り返るとそこには背の高い男がバズーカを抱えて立っている。海に出てくるなんて珍しい。思わずは口笛を吹いて笑いかけてみると彼は随分と不機嫌に眉間の皺をより一層濃くした。

「順調か?」
「滞り無く終わりそうよ」

 リベルタの通る声が船を誘導し、無事船がレガーロ島に到着した音を知らせる。船員から受け取った交通証を受け取り照合し上陸を許可する。その状況を確認に幹部長は態々足を運んだのだろう。と二、三言喋ると諜報部の他の人々の元へと去っていく。
 貨物が運ばれる横で、レガーロ島に観光に来たであろう人々が続々と降りてくるので自然と諜報部の男たちは愛想よく「チャオ!」とウインクや手振りで挨拶を交わす。
 そんないつもの光景を横目にしながらは次々と降りる人々の名前をチェックし、簡単な挨拶と質問を投げる。入国審査とまで堅苦しくはないが、怪しい人間がいないかチェックし諜報部として目を光らせる。
 全く向いていない仕事内容だが、女である以上適任といえば適任だ。くるり、と万年筆を器用に回すと一人旅で来ているのであろう浅黒い肌に黒い髪をした青年には声をかけてみる。

「チャオ、レガーロ島には観光?」
「ああそうだよ。一度来てみたいと思ったんだ。綺麗な風景だねえ」
「今日は天気もいいし、上の方までいって、そこのカフェでリモーネ・ソーダを飲むのがお勧めね」
「そいつはいい、レガーロ女は皆君みたいにいい女なのかい?」

 軽口を叩く青年には苦笑しながらも「それは自分の目で確かめるのが一番ね」とひらひらと手を降った。男はチャオ、と挨拶を交わし後腐れなく歩き始め姿が見えなくなった。
 老若男女簡単な話をし終えた後、ふう、とやっと一息つくとそこにいた諜報部の人間は既に散り散りに自身の仕事に戻ったようだ。船の手伝いをしていたリベルタだけが残って、普段の愛想の良さから笑い話をしている。

「リベルタ!」
「おう、。仕事は終わったかー?」
「一応ね。そっちは?」
「もう終わるー!」

 船の上から飛び降り、身軽に地面へ着地すると「腹減ったなぁ」とリベルタは何食わぬ顔で笑った。
 彼の頭を書類でべしん、と思わずは叩き「そういう行動は危ないっていつもいってるでしょ」と軽く苦笑と叱咤を混じらせると、リベルタは「ちぇ」と唇を尖らせながらもに謝罪を述べる。
 船員がリベルタに礼を言い、貨物を運びながら去っていく姿を見ながらは「あとは諜報活動ぐらいね」と風が吹く中で髪を抑えながら言うとリベルタはげえ、と小さく悲鳴を上げた。
 諜報活動といえば人の話に聞き耳を立てたり噂話を聞いてみたりと様々だが、中々に忙しい。どこまでが本当か、どこまでが嘘かもわかりにくいものが多く、見極めが肝心である。
 まだ仕事するの、と心底嫌そうに言うリベルタには「正直だなあ」とクスクスと笑う。まるで姉弟のようなやり取りに、行き交う人々も普段の彼らを見慣れているのか温かい目を向けていた。

「じゃあ、巡回と諜報活動よろしくね」
「うっげー……」
「それとも、調査の書類提出とどっちがいい?」
「全力で仕事してくる!」

 ばっと姿勢をただし、脱兎の勢いでリベルタはあっという間に見えなくなった。がこの島にいる間、大体のリベルタの苦手な仕事を肩代わりしているような気がする。思わず小さく笑い、すう、と息を吸うと「リベルタ!」とは彼を呼び止めた。
 もはや豆粒のように小さくなってしまったリベルタが振り返ると、は大きく手を振って「ランチはトラットリア・アイギスがお勧めだよ」と声を張り上げる。その意味を汲み取ったのか、ぶんぶんとリベルタの両手が空を切り、彼の金髪が揺れる。此方に聞こえてくるほどの大声で「おーう!」と言っているのでどうやら伝わったようだ。
 は溜息を一つつくと、ぐぐ、と体を大きく反らせて伸びを一つ。


「おいおい、そんなに伸びすると色々が見えちまうぜェ?」
「わっ……、此処に居るなんて珍しいね、デビト」

 にゅ、と唐突に後ろから声をかけられて反射的に体を捻らせ体制を整えたが、今しがた伸びをしていたのでジャケットの位置がずれていたりといまいち格好がつかない。
 眼帯をした色黒の青年はニヤニヤとそんなを笑い、よぉ、と何か探るような声を上げる。
 は服を整えつつ「金貨で何かあった?」と聞けばお固いねえと随分と軽口を叩く。からすれば「仕事中なのでお堅くなるのは道理なのでは」というところなのだが、それを言えばまた何を言い返されるかわからないので口を噤む。
 金貨のカポであるデビトは今頃ならカジノにいる筈で、海辺にいるなんて珍しいこともあるものだ。

「お前、飯は?」
「まだだけど」
「ンじゃあ、話はそこでだ。いつものバールだとパーチェが五月蝿ェからな」

 今日は俺とゆっくりランチとしゃれ込もうぜ。
 有無をいわさず彼女を引き釣り、彼が入ったトラットリアは洒落た雰囲気を持っていた。ペスカトーレ・ビアンコをは頼み、デビトはいつもと変わらず赤ワインとオリーブ、チーズを頼もうとしたが、あまりの量の少なさに半ば無理矢理にがボローニャを頼ませた。

「で、用事って何?」
「ああ、それなんだけどな。最近カジノで荒稼ぎしてる奴がいてどうもキナ臭い」
「……新しくこの島に来たファミリーじゃなくて?」
「それを調べるのがオ・マ・エの仕事だろ?」

 べしん、と額を思い切り叩かれ鈍い声をは上げたが、それさえもデビトは計算上のことなのか随分と楽しそうにくつくつと笑った。イシス・レガーロには常に人が行き来しており、幹部である彼の他に四人の参謀、そしてその下位。彼らが目を光らせているので八百長なんて出来るはずがないのだが……。
 渡された資料を一瞥しながら分かった、とは小さく頷くと丁寧にそれをしまう。
 食事時といえば大抵パーチェが何人前も食べてしまうので大騒ぎになり全くをもって安らぐということはないだけに、妙にデビトとの食事は落ち着いていた。

「なんだよ、その面」
「別に?」
「なーんだよ、『ラ・リンペラトリーチェ』」
「あのねえ……」

 妙に仰々しくデビトが言うものだから、呆れて文句を言おうとするは口を開く。しかし、遮るように料理が運ばれて来てしまい、彼女は小さく喉を鳴らす。パスタの温かい、海鮮の良い匂いだ。「まあいいや」と言い残しさっさと食事を始めようとするにこれでもかとデビトは馬鹿笑いを始める。
 食事に手をつけながら、島全体の現状をそれとなく情報交換をする。新しく出来たジェラテリアの評価がどうかだとか、領主側の動きはどうだだとか、そんな他愛もない話が三割で、残りはデビトの言う「イイオンナ情報」で終わるのだ。
 やれ仕立屋の女がいい女だとか、市場の魚売りの少女はいい女になるだとか、からすれば顔と名前の一致がしない以上どう反応をしたらいいのか困惑するものばかりだが、如何せんデビトの癖のようなものなのでもはや諦めている。逢う先々で女をナンパするのはレガーロ男ならば当然である……というのが彼の主張だ。
 は彼の話を耳にしながらムール貝を口に運び、塩味が効いた味に自然と表情が綻ぶと、デビトが小さく口笛を吹いた。

「お前もそういうカオ、いつもしてりゃあ女らしくなるんじゃねェの?」
「そういう顔?」
「甘ァいドルチェみたいな顔」

 頬杖をつき妖艶に笑ったデビトに、は瞬間的に顔が赤くなるが直ぐにダン、と足音を鳴らす。その足は綺麗に彼の靴の上でダンスを踊った。
 いってえなおい、という悲鳴に近い声と、調子に乗らない、という叱責する声が重なって、結果パーチェが居ようと居なかろうと騒がしくなる。
 褒めたつもりはなくてもからすればデビトの言動行動は逐一人を惑わせるものであり、心臓に悪い。それを悟られているのも癪だ。隠すように頬杖を付けば「素直じゃねえなあ」と笑われる。
 そんなくだらない話を続ける、とある昼の出来事。


※ pranzo(プランツォ):昼食