Shut Up Boys!
「いーちじょーおくーん、かーえろっ」
「キモい帰れ」
ガラガラガラ。盛大に音を立てて扉を閉められる。
目の前に居たクラスメイトは思い切り「うわー」と悲惨な結果を遂げた少年を同情するような声を上げた。近くに居たクラスメイトの女生徒はまたやってると呆れている。クラスメイト達の視線を他所に一条康はこれでもかと言わんばかりに目を開き、閉めた扉の近くの机で扉へのガードをしている。余程来客してきた人間が厭なのか。そこまで嫌なのか……「康さま」なんて言われている彼の見せる姿に人々は踊ろうかと思いきや、クラスメイト達は憐憫の瞳を扉の向こうに居る少年に向けたとおもいきや、少しばかり期待もしているらしい。
「一条お前何てことするんだ!鼻ぺちゃんこだぞ俺はぁ」
「うっせ帰れ!俺は部活なの!お前とは違うの!」
「知ってるんだぞー今日バスケ部ないの!部活掲示板見た!」
「お前普段試験期間すら確認しねえくせに何やってんだよ!」
扉を挟んでぎゃあすか。
扉の向こうに居る少年はガタガタと扉を鳴らしてどうにかこうにか開けようとするが、天の岩戸の如き断固拒否が続くので何度か扉を叩く。うるせーと教室内に居る男子がツッコミをひとついれたが、どうやら彼には届いていないようだ。ついでには本当に一条が好きだなあとしみじみとした発言。それは流石に断固拒否したい。丁重にお断り申し上げたい。顔色を変えた一条がそちらを睨みつけたが彼らは慌てて「いやいや、ガチだったら……うん、まぁ、応援…………は考えるけどさあ」と苦笑いをしている。
扉の向こうで彼らの会話が聞こえたのかの声が響いた。
「おい待て何人の恋路勝手に決めてるんだよ一緒にすんな一条お前のせいだぞ!」
「いやどう考えてもお前のせいだ!自業自得だ!つうか俺を巻き込むな!」
エクスクラメーション・マークの羅列される会話に廊下を通り過ぎる生徒たちが「うるせー」とツッコミを入れているのが聞こえてくる。内心で謝りながら一条はそれでもと付け加えた。
、お前とは帰りたくない。周りもうるせーから。
内心付け加えると、ばぁんと盛大に反対側の扉が開かれる。ばっと振り返るとそこにはがにっこりと笑っている。
……正直なところ、この笑顔が一条からすれば恐怖映像の何者以外でもない。怖い。クラスメイト達からすれば何てことのないクラスメイトの顔と、ついでに他所のクラスメイトの笑顔の姿だ。阿鼻叫喚絵図になるのはつまり、いつも通りだ。
違うのは、彼の後ろに鳴上悠がいたことぐらいか。
「残念だったな一条!此方におわす方をどなたと心得る!鋼のシスコン番長、愛する菜々子は誰にも渡さん、立てたフラグの数は数知れず、許容範囲は海よりでかい、鳴上悠様だ!」
「な、なにい……!卑怯だぞ、鳴上を連れてくるなんて!」
ひどい言われ具合である。一斉に視線が鳴上に集まったが、彼は特別意識した様子もなくさらりと一条に部活が休みなら、ついでに一緒に愛家で飯でも、と付け加えた。まるでどこぞの黄門様みたいな言われ方をしているのに全く気にしないのは鋼の心の持ち主だからなのだろうか。そんな内心のツッコミを入れたい横で、ふんぞり返っているが一条にチョップを食らっていた。
……ああ、今日は平和だ。思わず窓際に居たクラスメイトは視線を空に向ける。
「お前は小学校の頃からそーやって俺を巻き込むなつってんだろー!」
「ってーなこらそれ暴力事件だぞ!おーぼーだ!」
「お前も文句言うならクラスメイトに迷惑かけんなー!」
まるで猫か。いや犬か。むしろここは託児所か。色々な考察が飛び交ったが、揃ってぽこんぽこんと鳴上の小突きによって沈黙した。すごいぞ鳴上かっこいいぞ鳴上と思わず賞賛の声と、良くわからない鳴上コールが湧き上がったあたり、実はこのクラスメイト達は非常にノリが良いのではないだろうかという疑惑が浮上したが、あえて鳴上はそれに乗っかった。拳を突き上げ、鳴上コールに応えていく。
「……おい、鳴上、ちょっと待て」
「ということで、一条。帰ろう」
「え、あ、おう」
俺も帰るー。はいはいと挙手したに鳴上は机と扉を直してからだと指摘をすると彼はそそくさと一条がやった机を元に戻し、敬礼をひとつ。中学生かはたまた小学生か。否、最近の小学生のほうが余程しっかりしている。
……一条康と、は小学校の頃からの友人である。騒がしいを一条の母親はあまり好きではないようだが、は何故か昔から一条康に絡む。とてつもなく。
中学はともかくとして高校は別のところにいくのだろうと安心していたが、彼はもれなく第一希望の高校の受験に失敗し、入学式その日に発覚したものである。まぁた三年間よーろしーくねーと伸び口調で言ったに、一条が「お前そういう大事な事もっと早く言えよ!」と胸ぐらを掴み揺さぶりながら言ったのは一年と少し前のことだ。
「鳴上ってそういえば部活バスケ部なんだよな?」
「まぁ」
「どう、楽しい?」
「ああ。はやらないのか?」
一条がバスケ部だけど。その問いに、彼はあっさりとうん、やらないと頷き返した。並んで歩きながら話すと鳴上に一条は呆れながらついていく。
これは帰り道が一緒なのとついでに愛家があるからだ。それだけだ。誰に言い訳するわけでもなく繰り返す。そういえばは学級委員になったらしい。思い出して一条がそれを指摘すると「でへへーそうなんだよー」と随分とだらしない顔で頭をかく。もれなく背中を蹴り飛ばしたかったが、そこは黙っておくことにした。
「つーかさぁ、一条俺と帰っていいわけ?」
「は?お前があれだけ騒いでたんじゃん。一緒にかーえろって。小学生かよ」
鳴上が「ああ、そういえば言ってたな」というと愛家の暖簾をくぐった。それに続くようにずらずらと二人も入っていく。
中華丼と挙手する鳴上、ついで中華丼、追加で餃子と挙手をすると、春雨ーと挙手をする一条。
三者三様の反応に愛家の店主が気前よく返事をするとは割り箸を下りながら「でもさあ」と呑気に会話を続けた。
「俺一条一条言っててもそこまで一条ラブじゃねえからね、そこ。大事だから」
「お前もうそれキャラ作りでやってるだろ……うっせえのも」
「だってえ、中学ん時まで一緒だった連中に一条に絡まなくなったらすげー心配されたんだもん、昔。俺のハートは綺麗にブレイクしたね、あの時。だし、ついでに開き直っちゃおうかなーって」
開き直るな、普通でいい普通で。
付け加えた一条に、鳴上は僅かに考えた後に、一条はこのことを知っていたのかと尋ねてみると彼は随分とあっさりと「まあね」と返した。伊達に長い付き合いでもないらしい。実際一条が他の連中と絡んでいるときに不必要には絡んでこない。長瀬がいい例だ。丼が次々と運ばれていく。
三人が揃って頂きます、というとがっつき始める。
……以降、会話は不要だった。一条はともかくとして、残り二人は完食に向けての勝負をし始めている。
それでもいわゆる「メガ盛り」系である丼を食べ終わると、満腹感に一条はコップの水を一気に煽った。
「ごちそうさまでした」
丁寧に食べ終わると、隣はまだがっついてる途中らしい。しかもは餃子もプラスしている。
……いくら自分を偽っている(というよりは自分をいくつか盛っている)とはいえ、そこまで頑張る必要はないのではないだろうか。ぼんやりとそう思うのだが、見事に鳴上もも完食するので、一条は呆れた。
「お前らの胃袋はどーなってんだか」
「なんだっけ、何の話だっけか」
「一条との話だろ」
あーそうだわ。
餃子をラー油と醤油と酢の割合が明らかに酢7に対しての醤油3になったタレをつけながら、は語る。段々仲いい友だちでも離れる時あんじゃん。あれやったらクラスメイトにすげーハブられたわけ。さみしーじゃん。だからやるじゃん、受けるじゃん。俺超策士だからそのまんまじゃん。それが今。
一条からすれば随分いい迷惑なのだが……もう今更だと彼は諦めたように溜息を付いている。過去に聞いたことがあるらしい。鳴上はそれを聞いた上で「やめればいいじゃないか」とあっさりと言い放った。
「えーだって皆不審がるじゃん」
「俺は別に変だとは思わない。一条もだろ」
「そりゃそーだろ」
「……んー、俺のアイデンティティってなんなんだろーなー」
アイデンティティなんて難しい言葉よく知ってたな。
もれなく茶々を入れたくなったが、思ったより遠い目をするに結局一条は何も言わない、言えないまま沈黙した。彼が餃子を放り込んだ時、横からにゅっと箸が伸びて一つ、餃子を掠め取られる。
「あっ鳴上お前」
「ご馳走様」
「……おーれーの餃子ー……」
「アイデンティティがどうとかなんて、が考えなくても知らない間に作れてるもんだろ」
陽介がヘッドフォンなくなっても陽介のように。
付け加えた言葉に、一条とは同じタイミングで吹き出した。たしかに、ジュネスがなくなっても、ヘッドフォンがなくなっても、花村陽介は花村陽介のままだ。
は頷き返し、鳴上にもう一個餃子やる、と皿を差し出した。
「そうだよなあ、里中だって緑とカンフーなくなっても、一条は里中大好きだもんな」
「わーばか何いってんだ!」
「あ、やっぱそうなんだ」
「なんだよこのアウェイ感!」
次の日、一条がクラスを横切るとが「一条おはよー」と声をかけただけで、それ以上でも以下でもなかった。クラスの友人たちが「明日は雨か、槍か、吹雪か、それとも殺人事件か」と全くを持って洒落にならないことを言い出したので一条は手を横に振りながら「あれがだよ」とそっと教えてやった。
お礼というか、何というか。
特に用事もないのに借りた本を返しておいてと里中千枝にが本を押し付け、一条をわざわざ里中千枝が訪れ彼がパニックを起こしたのはこの日の昼休みのことである。
(2012.04.08)