Zigzag Fishing!
「ねー鳴上くん」
「なんだ、」
「散歩いこうか」
呑気極まりない発言をしだしたに、鳴上は思わず顔をしかめた。もともと天気屋な人間であることは知っていたが、外は雨だ。だというのに散歩だという。何を考えているんだ、彼女は。
思わず顔に出ていたのだろう、に小さく「変だって思ってるでしょ」と呆れられた。……暫く沈黙した後に「ソンナコトナイ」とカタコト極まりない言葉で返すと、は薄く笑う。
「いいよ、別に。鳴上くんは嘘がへったくそだねー」
「……すまん」
「散歩に行きたいのはねえ、単純にいろいろ考えてたからなんだけど」
スポーツしたくても、雨だし。音楽聞いてても、雨だし。何をやっても、結局雨だし。
指折り数えてあーあ、と悲観的な声を上げた後そのまま窓にはダイレクトアタックした。もれなく地味な嫌な音が響いて何人かのクラスメイトが此方を振り返る。
鳴上の反応を少しばかりは楽しんでいるようだった。
「……というわけで、メンタルクリニックやってくれる?鳴上君」
「よく分かんないが、まぁ、話し聞くくらいなら」
「じゃ、帰りに大福かたい焼きおごったげる」
大福かたい焼き。とんだ選択肢だが、の行く和菓子屋の選択肢は少ない。
近くの米屋が店を閉める前に煎餅を焼いていたが、それももう商売上がったりで閉めてしまったのが彼女の中では残念だ。あそこのしょっぱ辛い煎餅が嫌いじゃなかったのだけれど。
駄菓子屋でもいいんだけどねーと付け加えたのはお財布事情からなのだが、鳴上は至って真面目な顔で「じゃあたい焼きで」と即答を返したので駄菓子という選択肢は容赦なく却下されてしまった。正直すこし残念である。
「なんだよぉ、お前らデート?」
丁度花村と赤いきつねと緑のたぬき……基、雪子と千枝の三人が机を囲んで話していたのか、揃って顔を上げた。
花村の興味津々という態度と、千枝の意外そうな顔、そして雪子はいつも通りの表情。それだけで、は心の中で既に彼がこのクラスメイト達の中での主要人物であることを察する。流石鳴上くんだ。呑気に観察していると、鳴上は首を横にあっさり振って「いいや」と返す。
……少しだけ、フられたような気分になるのは何故だろうか。しかもその気持ちをあっさりと花村が抉るように残念だなーとニヤニヤしながら言う物だから腹が立った。
「花村くん花村くん」
「お、なんだ、鳴上じゃなくて俺にしとくか?」
「そういうこと言ってるからモテないしがっかり王子って言われるんだよ」
ざく、ざく。
目に見えて文字が突き刺さっているような錯覚を鳴上は覚えた。そのまま膝から崩れ落ちた花村にどうするか頭の中で選択肢が表示されたが、迷いなく「そっとしておこう」を彼は選び、じゃあと手を上げ彼らに別れを告げる。
彼に応じてはまた明日と手を振って教室を出るとそこには死屍累々となった花村の姿だけが残される。
あほだ。
うん、あほだ。
ざっくりと言い放った女子二人の言葉に更に花村は情けないポーズをするはめになったのは言うまでもない。
*
「はい、たい焼き」
「ありがとう」
ほかほかと湯気が出ているたい焼きを頭からかじりつけば、もまた同じようにかじった。ああ、しまったどちらから食べるのかという王道すぎる質問をしそびれた……なんて鳴上が思っていると、はのんびりした足取りで持っていた傘を肩にかける。
雨音が少しだけ強くなったような気がして、知らずとして鳴上もまた顔を上げる。
ざあ、ざあ。
音が、強い。
「……それで?」
「んー……鳴上くんは、つぶあん派?こしあん派?」
「粒餡だな」
「そっかあ。私こしあん派」
粒もいいよねえ。口を動かしながら、は会話を続ける。とりとめのない、たい焼きならカスタードも捨てがたいという話。昨年ならりんごカスタードも良かったが栗あんも捨てがたい。四季に何か入っているものを食べていると太るから困ってしまう。
彼女の言葉を聞きながら、唯黙々と鳴上は持っているたい焼きを頬張った。彼の希望とは違う、こしあんだったがたい焼きは出来立てのこともあってか、非常に美味く感じられる。
暫くは何かを考えていたようだったが、うーん、と何度か唸り、そして傘を小さく揺らした後鳴上の名前を呼んだ。
「鳴上くんってさ、彼女いるの?」
「いや」
「即答なんだ。気になる子は?」
「……なんで?」
「んー、私の知る範囲内ではいい男ランキング上位だから?」
取り敢えずぶっちぎり中位王は花村くんかなあ。
小さく笑ったに、ほんの少しだけ相棒と慕ってくれているクラスメイト兼秘密共有持ち主のジュネスの王子を思い出し……そしてまぁ、概ね同意なので何も心の内側に居た彼をフォローするわけでもなく、彼は同意した。
もれなく自分の中での“いい男ランキング”なら叔父が首位になるであろうことは何となく察しがついた。菜々子なら「お父さんとお兄ちゃんがかっこいいと思う!」と言ってくれるだろう。……いつか彼女が「お父さん」「お兄ちゃん」以外の誰かを見るのかと思うと気が遠くなったが、今は考えないことにしよう。
はのらりくらりと質問をしていたが、やがてうーん、うーんと再び頭を悩ます。
外にいても、学校にいても彼女は矢張りというべきか、特別変わった様子はない。というか、同じように悩んでいる。
「なにかあった?」
「……あー、うん、まぁ」
ぼちぼち。
苦笑いをしたは何度か躊躇った後に鳴上にぽつり、ぽつりと相談を始めた。
雨の音がの言葉を時折遮るが、鳴上の耳には的確に届く。彼女は鳴上を見ようとはしなかった。何度か言葉を詰まらせながら、傘を揺らし、ゆったりと歩く。
雨が地面を叩いて、彼らの制服を濡らした。雨の日は何かが起こる。……ここ最近の特別捜査隊の中での共通認識だ。そして、ついでに言えばヌシ様が釣りやすい日でもある。……なんて密かに鳴上は思っている。の相談が途切れた瞬間に彼は、彼女の手首を思い切り掴んだ。
「え」
「」
「え、え、うん」
困惑の色を隠せないまま鳴上を見上げると彼は大いに真面目な顔で頷いた。
一瞬彼女は、そんな真剣な表情をする鳴上に胸を高鳴らせ、手をぴくりと反応させる。けれど彼の口から出た言葉は彼女の悩みも何もすっ飛ばしたような発言だ。
「手伝ってくれないか」
「え、えっと、何を?」
「ヌシ様を今日こそ釣るのを」
「……あー、うん、うん……まぁ、いっか」
頷いたに顔を綻ばせて彼は「ありがとう」と述べるとそのまま彼女を引っ張りずんずんと河原へと歩き出す。
ばさりとの傘が揺れたが、気にする素振りもない。驚いたのはで、慌てて鳴上君と彼の名前を呼ぶが、それも無視されてしまう。結果河原まで来ると雨で少しばかり増水しているような……そんな気がした。
「鳴上君ってもしかして結構マイペース?」
「多分それなりにマイペースかも」
「あ、やっぱり」
並んで釣竿が動くのを待ちながら、は相談したことを思い返し内心ため息をつく。相談した所で、何一つ変わらないのは彼女の中でも分かっていたのだが、不思議と彼には話したく能力でもあるのだろうか。知らず知らずに誤魔化そうとしても言葉が零れ落ちる。
リールを引きながら、鳴上はに声をかけた。
「でも、がそういう風に考えられるのは優しいからだと思う。……本当は、自分の中で分かってるんじゃないか」
「……何の話?」
「さっきの話」
「聞いてないのかと思った」
驚いたように繁々と鳴上を見つめながら、は呟いた。彼女の反応に鳴上は特別反応をするわけでもなく、雨が川を叩いて波紋を作っているのを見つめるばかりだ。意外に寡黙。意外にお茶目。鳴上悠という男は些か難しい人種のようで、は彼を見つめた後、小さく「うん」と呟いた。悪い気はしない。……というか、彼はどうやら、自分の中での“いい男ランキング”の上位というのが外れていない男らしい。
「鳴上くん、本当なんで彼女作らないの?」
「……なんでって言われても」
「あっ引いてる」
「!ヌシ様か!」
カッという音を立てて思い切り引っ張り上げる鳴上の姿は何処かやはり子供のようだ。
様々な顔を持つこの男が不思議で、しかしどこか頼り甲斐があるせいか、“ヌシ様”と格闘する姿を思わずは食い入る様に見つめた。
……結果、惨敗し、花村と同じく膝をついて悔しそうに河原を見つめる鳴上の物珍しい姿を見ることが出来、盛大に彼女は笑う羽目になる。涙目になりながら笑う彼女に鳴上は少しばかり驚いたが、直ぐに小さく笑って立ち上がり「」と彼女の名前を呼ぶ。
「うん、ごめん、あ、泥ついてる。はい、ハンカチ」
「ああ、本当だ。有難う。洗って返す」
「ん」
「……後、はそうやって笑ってたほうが可愛いと思う」
ヌシ様、釣ったら魚拓見せるから。それじゃあまた明日、学校で。
そう言い残し、去っていく鳴上には硬直した。ハンカチを渡したままの手。ぼたぼたと雨が傘に落ちる音。濡れる靴。……そんなものも、どこか遠く感じられた。
いい男ランキング上位、鳴上悠。性格は恐らくきっとマイペース。……とんだ、食わせ者。
「えー!?」
彼女の叫び声は、雨にかき消されていく。
内々で抱いていた疑問は……鳴上のお陰か、はたまた彼の残した言葉のせいか、すっかりの心の中から何処かへ過ぎ去ってしまったようだ。
そんなことより、明日どんな顔をして会えばいいのだろう……とグルグルと頭の中を巡るっている今現在の現状のほうがよっぽど深刻な状況だ。
(2012.04.08)