Tomorrow Makers
よぉ、バスケ部。片手を上げて挨拶をしてくる男に黄瀬の表情はぱっと明るくなる。何かにつけてよくつるんでくる男子だ。オイッスと手を上げるとそのままハイタッチの流れになっていく。近くに居た友人がアホかという目でこちらを見ていたが、ゼッケンをつけたままの男子生徒は視線に気づかないのか黄瀬の隣にどか、と座り込んだ。
「どーよ、調子」
「んーまぁ、ぼちぼち? そっちは?」
「ま、ドッコイドッコイかな」
揃いも揃って汗だくで、色男具合が増している状態なのだが実際は汗の匂いが充満している体育館では意味が無いし、空気もこもっているからか女子も来やしない。練習は相変わらずハードだし、とひとつひとつ上げていけば文句は終わらない。サッカー部はなんかこう、華やかでいいなあと随分抽象的な表現で言えばが少しだけ笑った。何言っちゃってんの、というツッコミの後に彼は至極暑そうに首筋に引っかかる服をぐいぐいと引っ張っている。
何をこんなに青春しちゃってるのか。そんなことをして何になるのか。お前ら、よく頑張るねえ。キセキの世代ってすごいね。頑張れ、応援してる。
いろいろな言葉を掛けられて、黄瀬はそのひとつひとつに答えていく。
「でも俺、サッカー部じゃねえけどな」
「あれ、違ったっけ」
「ユースだよ!お前何度目だよこの会話!」
入学して八回はやってるぞこの流れ。もれなくツッコミを入れたに黄瀬はすげえーと拍手を送る。の言う「ユース」とはどう違うのか黄瀬には分からないが、割りと正直興味が無い。しかし、はガリガリと木の枝で丁寧に説明をしてくるので、仕方なしに耳を傾ける。
いくつも枝分かれした道と、その後にあるピラミッド。
「……うん、わっかんねッス」
「だーからーユースになると大変だってことだよ」
「あ、だから出席日数ぎりぎり」
「ほっとけ」
ほぼ毎日ユースの練習があって、加えて遠征があって……と聞いていれば休みがまるでない。何が楽しいんスか、と黄瀬が尋ねればは実に楽しそうに答えた。
そんなのお前と一緒だろーが。
一緒と言われても、一緒なのは学校と年齢ぐらいで体型や競技やそもそも生まれも違う。思わずそれを言葉にすると容赦ない手刀が彼の頭に直撃した。
「お前ほんっとわざとそーいうの言うのやめろっつーの」
「いってー、冗談なのにぃ」
「黄瀬が期待されてるのと同じように、俺も期待されてるわけ」
親に、教師に、友人に、周囲に。
それが彼にとってどれを指しているのか黄瀬はわからず何度か瞬きをしてを見つめるとは小さな溜息を一つついて持っていた木の枝を植えこみに投げ飛ばした。緑色の15番のゼッケンはしっとりと濡れていて随分と走り回った後なのが分かる。
「サッカーってさぁ、大変ッスよね。1点入るまで超長いし」
「俺はバスケの計算のほうがすげー大変だと思うけどな、何、100点レベルの試合とか」
「それいったら足でボールとか、普通飛んできたらキャッチするじゃないスか」
「いやいや、しねえよ」
フォローしたかったのだが、方向性が良くわからない方向に言ってしまい、紆余曲折を経て更に急速カーブを描く。と黄瀬のやり取りはぐだぐだと続いた。
そもそもサッカー部ではないのなら何故彼はゼッケンをつけていたのか。
黄瀬が質問をすれば「うちのクラスは今日校庭だったからな」と一蹴される。忘れていたがクラス編成の都合で合同体育になっている隣のクラスは確かに今日の昼休み前までは彼らが校庭で授業をやっているはずだ。
「っち授業のサッカー嫌いなんスか?」
「んにゃ、授業は授業で楽しいだろ。普段サッカーやんねえ連中が授業とはいえ付き合ってくれるの楽しいし」
過去の自分であれば、何と答えただろうか。模倣という技術がある以上、何でも器用にできてしまうことで大分スレていたのできっとの発言に対しても喧嘩を売っていただろう。
ふと黄瀬は立ち止まった。随分自分も丸くなったものである。
例えば過去に自分が擦れていたことをが聞いたらどうするのだろうと少しばかり考えたが、多分無駄な気がする。現実バスケットボールとサッカーボールでビリヤードみたいなことをしているのだから、想像しがたい。せいぜい「えーお前ヤンキーだったの?マジで?その金髪じゃあやっぱり地毛じゃねえんだ、黄瀬って苗字だから黄色にしたのか、ダジャレか!」とでも言い出すのだろう。安易に予想がついたことに呆れて、そして同時に笑いがこみ上げてくる。
はバスケットボールを片手にとんとんと何度か弾ませる。
「黄瀬さぁ、サッカーしねーの」
「バスケ部何勧誘してんスか」
「それもそうか」
息抜きスポーツしたいならいつでも俺が付き合ってやるよと笑うに黄瀬は笑った。
この男、実におせっかいである。
「それに俺がやっちゃうと直ぐ覚えちゃうし、っち立つ瀬無いッスよね」
「馬鹿、どんどん相手が強くなってくれりゃこっちも練習しがいもあるだろ」
何てスポーツ脳だ。何てサッカーバカな発言なのだろう。挫折という言葉を知らないのだろうか。訝しげな目で見れば、はからからと笑った。
「お前が模倣しようと、俺はそれに負けないぐらいの体力つければいいし、お前が俺を模倣したら俺はそんなコピーされる俺超かっこいいって思うね」
「……すげーナルシスト発言」
「うっせ」
モデルなんてナルシストな仕事やってるお前に言われる筋合いねえ。
思いがけないツッコミに失礼っすねえ、と黄瀬は言い返した。アンダー17だとか、19だとか。良くわからない単語がの口からボロボロとこぼれ落ちてくるが、矢張り良くわからない。モデル業界の業界用語を言い返してみれば「日本語で頼む」と言い返される。
そもそもサッカーは良くわからない。戻りオフサイドってなんだ、普通のオフサイドと何が違うんだと尋ねればはバスケだってそうだろ意味わかんねーじゃんと言い返してくる。
……そんな彼らが言い合っていた結果、昼休みにもかかわらず昼食を揃いも揃って食べそびれ五限目には其々別の教室で空腹のあまり授業中に腹を鳴らし話題を独占したとか、しなかったとか。
(2012.04.14)