Do you remember me?
【拝啓、悪友様】
そこまで書いて、は手を止めた。
そして剥ぎ取るように紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ投げ捨て机の顔面をごん、とぶつける。 らしくないのは百も二百も承知の上で考え込んだところで何も始まらないのも無論分かっている。 考えたところで行方不明者が見つかるわけでもない。
トラン共和国となったその国を飛び出すことを決めたその日はいつもよりも月が大きく出ていて、自然とかつてのリーダーを思い出させた。 今日もまた、いつもよりも大きな月がぽっかりと闇夜に浮かぶ。
「オデッサ」
唐突に呟いた言葉はの目をぐりっと丸くさせた。 何を今自分は言い出しているのだろう。 思わず苦笑いを零しながら、すでに居なくなった人間を思い出してため息を、再びひとつ。 一言ぐらい言ってくれたっていいじゃないかと憤慨する自分に対して周囲は「まぁ連中だから」と済ませている。 納得がいくわけがない。
男の子だから? 一度決めたから? そんなことは関係なかった。 疎外感を抱いた後に出てきた感情は、怒りと呆れ。 そして腹立たしいほどに知らずとして自分が笑えることだ。
打ち抜かんばかりに月を見上げるとやはり月は緩やかに浮かんでいて、手招いているようにすら思えてくる。 死んでもやはり彼女は彼女のままであればいい。 そんな風に自然と思えてくるあたり、オデッサという女はやはり自分の中では特別な人で、尊敬に値する人だったのだろう。
宿屋の子供がパタパタと何か言いながら部屋の前を通り過ぎていくのが聞こえてきた。 ……大分、遠くへ来たものだ。 ぼんやりと考え込んでいると、窓が風に揺れてガタガタとゆれる。 今夜はいつもよりも風が強い。 都市同盟は目下ハイランドとの戦争中で先日はグリンヒルが陥落したという。 先の戦争の英雄・ゲンカクの養子が新同盟軍を作ったという話も耳にしたが、まるで興味は抱けなかった。
いつの時代も戦いは終わらないもので、どんなに頑張っても終わらない。 赤月帝国と解放軍の戦いの際もサウスウィンドウの人々の戦いがあった。 そういった状況を見れば見るほどに自分たちがやってきたことも、無駄だったのではないかと言う気持ちになる。 ただいたずらに人の命を奪っていたに過ぎないのだろうか。 グルグルと自分の中でめぐる考えは答えに行き着くことなく、静かに沈んでいくばかり。
目覚めぬ朝はないのだと、誰かが言ったのを思い出す。 いつか答えに行き着くことが出来るのだとも、聞いたけれど。 かといって本当にそうなのかは分からない。 所詮世界を断片的にしか知らないにとっては、世界の真理も分からない。
レックナートという不思議な女は最終決戦の直前に、人をよみがえらせたけれど。 でも、そんな簡単に人は蘇ることが出来るのだろうか?
「……馬鹿馬鹿しい」
それなら、何故マッシュは死んだのだろう。
それなら、何故オデッサは死んだのだろう。
それなら、どうして人は生まれて、死んでいくのだろう。
決して「頭がいい」に部類される人間ではないはそこまで考えて頭がズキズキしてきた。 やだやだ、そう唱えるように呟いてベッドに腰掛ける。
変に考え事をしたからだ。 妙に体が重たくて、だるい。
枕元に銃を置くと彼女は固く目を閉じた。 やがて夢と現の間を彷徨うように、朦朧とする意識の中で真っ赤な服を見る。 ああ、この服はオデッサの服だ。
「――ねぇ、」
幻聴まで聞こえてくるなんて、よほど疲れてるのかな。 ふと口元を緩めては「なぁに」と言葉を漏らす。
……やはり何があってもオデッサには適わないのだろう。 それが幻であったとしても、夢の中であったとしても。
顔もよく見えないほどのおぼろげな中で、彼女は笑っているように思えた。 髪の毛を梳くように撫でて言う。
貴女が解放軍に入った時に私が言った言葉を今でも覚えてる?と。 静かに、穏やかな口調だけれど彼女は確かに言ったのだ。 はゆったりと笑い返し「とーぜん」と呟いた。
忘れるはずがない。 どうして忘れられるだろうか。 笑うに、彼女は再び笑った気がした。
目を覚ませば既に夜は明けて朝が来ていて、当たり前のことながら部屋にはしか居なかった。
しかし、妙にすっきりした頭を振って大きな背伸びをひとつ。 窓を開ければ昨日あれだけ吹いていた風は穏やかなものに変わり香しいパンの香りを二階のこの部屋まで届かせる。
そっと銃を撫でれば傷だらけの銃は呼応するように重みを増した。 その銃で何人の命を奪い取ったのかは、もう分からないほどだけれど。 その重みを受け止めると決めた日のことを思い出してはまた笑った。
――覚えてるよ。 忘れてないよ。
まるで姉のようだった、憧憬のまなざしを知らずとして送っていたあの人を思って、は目をそっと閉じた。
まぶたの裏には、あの時と変わらぬ彼女の笑った顔。 ああ、大丈夫。 自分はまだ「人間でいられている」のだということに気づかされる。 そして、彼女はまた立ち止まっていた足を動かし始める。
もうじき、歴史が動き出す戦いが起こるのだろうということは誰しもが感じ取っていることだ。
ハイランドの皇太子は随分と傲慢な男であるという噂はトラン共和国にも聞こえてきている。 無論、トラン共和国と都市同盟の仲は決して良いものとはいえない。 いづれまた、どちらかが吹っかけて戦争が起こることは目に見えていた。 内紛が収まって革命が起きても、それでも外からの戦争は終わることがない。 赤月帝国時代の内乱に乗じた都市同盟の吹っかけてきもした。 その都市同盟が、今度はハイランドと戦争を行うという。 それも、小さな少年がリーダーとなる形で。
世の中なんていうものは、人間というものは結局のところ戦いを終わらせてもまた別の戦いが始まってその繰り返しになってしまっているのだろう。
時代の流れは川の流れのようで、いくつにも枝分かれした川の道筋を小さな小石である自分たちが奮闘をしたところで運命は変わらないのかもしれない。 けれども、小さな石でも積もり積もっていけばせき止めることが出来る。 その小さな賭けごとに等しいような出来事も、嫌いじゃない。
けれども、結局のところはこの国では名もなき旅人の一人で、関係を持たずして終わっていくのだろう。
ハイランドの凶行は眉を顰めたくもなるが、だからといって実害が自分にあったわけでもない。 人間というものは傲慢で、それでいて利己的であるせいか、自分に直接関係がなければどうでもいいという思う部分がある。 赤月帝国に対して解放軍に彼女が居たのは親の敵討ちといったものが関係している。 けれどもその「新同盟軍」にははいる理由が自分にはない。
その歴史の流れを、今度は自分はじっと見つめる側であろう。 そう決めてゆったりと彼女は殆ど無いに等しい荷物を手に取った。
チェックアウトを済ませ宿から出た際に偶然目があった少年は、どこか嘗ての仲間を思い出させて、ビリリと鳥肌が立つ。 淡い桃色の服を着た少女につつかれて少年ははた、と気づき慌ててうなずき返している。 仲の良い姉弟だろうか。 それぐらいのことをぼんやりと考えていたが、足を止めている自分に対してその少年はずんずんと近寄ってきて、こんにちは、と頭を下げた。 ……村の子供では、ないことは確かなことだ。
「あの、ここで何をしているんですか?」
「何、って……えーと、そうだね、人探し。 青っこい長身の男と熊みたいな男の二人組み、もしくはバンダナに黒髪の赤い服着た…というかトランの英雄を探してるんだけど、君は?」
「あ、はい、えっと……」
彼いわく、新同盟軍のリーダーはこの少年らしい。 は眉根を顰めたが、直ぐにはっとした。 そういえばミューズ市近辺で先日衛兵の砦が落とされたと聞く。 そこのリーダーは熊のような大男だとも。 さらに言えばビクトールの出身地はノースウィンドウ、この近辺だ。 そんな偶然があるわけないとは思うが、はそっとその「リーダー」に問う。 君の知り合いに、ブルーの男と熊男はいる?と。 彼の返答は首を縦に振るだけだったが、それだけで答えは十分だった。 そして、彼女の中で何かが沸騰した。 人が散々心配して探し回ったというのにまた戦争の中にやつらは居るというのか!
前言撤回。 己に関係が無かろうとも、聞いてしまったが最後首を突っ込むことも世の中にはある。 彼女は今すぐその腹立たしい気持ちをトリガーに押し込めて銃を乱射したいような、本人たちを目の前に三年分の文句をつらつらと並べてやりたいとも思ったが…流石に年下の少年少女を前にそんな醜態をさらすわけにはいかなくて、ごくりと気持ちを飲み干すと素直に仲間に入れてくれ、と彼らに頼んでみる。 少年は首を傾げたけれども直ぐに頷いて随分あっさりといいですよ、と言う。 ……どうやら彼はあまりにも人を信頼しすぎるくせがあるようだ。 これで敵がもぐりこんでいたらどうするんだろうか……呆れたくもなる気持ちを押し込めながらも、持っていた荷物を直ぐに持ち直して姿勢を正す。 そういう人がいいところも、恐らくはこの少年の魅力なのだろう、と結論付けたが、恐らくは自分の考えは大体あたっているだろう。
「私は、。 鉄砲玉の。 ……で、えーと、その城、どこ?」
「あ、じゃあ一緒にいこう。 案内するよ!」
「りょーかい、リーダーよろしく!」
ぽん、と彼の頭に手を置けばきょとんとした目を少年は向ける。 こんなに純朴な少年がリーダーなのかと思わず目を見張りたくもなるが、思えば最初のころのトランの英雄もそうだった。 彼は経験を重ねるうちに、徐々に苦悶の顔を見せるようになっただけで、普段は唯の自分とそう年の変わらない少年だ。 いたずらもするし下らないことも言うし、ついでに恋愛の話や可愛い女の子についても語る。 都会のお坊ちゃまだった彼と田舎の、けれども都市同盟国家の英雄の養子である少年。 ああ、似ている。 似ていないのに、似ている。
全く係わり合いがない、同じ時間だけれども違う場所で生きていた二人は、細い糸で絡み合うようにして一本の道へつながっているようにも見えた。 まるで、運命がそう示唆したように。 面影に翻弄されるように意識をそちらに向けていたせいだろうか。 少年少女は不可解そうにじっとを見つめていたので慌てては姿勢をただし「大丈夫大丈夫、ごめん」と笑ってみせる。 いけない、昨日の夢のせいで変に感傷的になっている。 それもこれもそもそもは解放し終わった途端に消息を絶った三人、いや正しくは四人だろうか。 取り合えず彼らが悪いのであってに非はないだろう。 多分、恐らく、絶対。
―― あったら取り合えず、一発ずつぐらい殴っても怒られないよね。 うんうんと一人でなんとなく納得しながら、は二人の後を追いかけた。
過去に教わったさまざまなことをひっそりと胸に抱いて、そして人は生きている。 も、蒼い男も、熊男も、そしてこの少年少女も。
そうして、人はさまざまなものに関与して、影響を受け、影響を自信も誰かに与えて、ぐるぐる化学変化を起こしていく。 それが姉のように慕った女から教わったこと。
……大丈夫。 忘れてなんかいないよ。
誰に言うわけでもなく、彼女はそっと呟いた。
数日後、新同盟軍本拠地にて銃声と怒声が響き渡ったのは言うまでも無い。