Keep on Smile
―― 私は恐ろしいものを作り上げてしまったのではないだろうか。
日記につづられた言葉に、は目をひん剥いた。 父の書斎から出てきた見たことも無い白い筒。 そして父の日記。 その日記には赤月帝国からの依頼の品である【銃】についての説明が書かれていた。
しがない鍛冶師の父の元に赤月帝国から直々に命を下されたのが一年半ほど前。 新たな武器の開発として父は呼ばれた。 グレッグミンスターで静かに営む、鍛冶師だった父が何故選ばれたのかは、知らない。
後に父が選ばれたのは恐らくは父が主として得意とする鍛冶が銃関係だったことと、めったに手にはいらないとされる「銃」を持っていたからだと知る。 その銃は、既に父が熔かしたことも、日記に書かれていた。
その父がしばらく帰ってこなかったと思ったら、一昨日の夜突然顔面蒼白で帰ってきたばかり。 母は困惑しながらも受け止め、素直に弟たちは父の帰りを喜んだ。 無論も、父の帰りを喜び、そして城での生活を聞こうとせがんだ。
の年齢は今年14だ。 いい加減誰か伴侶を見つけるための教養を身につけたりだとか、上品な振る舞いも最低限出来たほうがいい筈なのだが…いかんせん普段の彼女の性格を見ていると、御転婆で男勝り、そして短気。 ……貰い手など、予想するほうが困難なのは目に見ている。 母は口を酸っぱくしていたが、そんなこともどこ吹く風、彼女は彼女のままあり続け、変わらない。 以前は父も母に付け加えて注意していたというのに――帰ってきた父は、何も言わないままだ。
父の違和感に気づき、家族でテーブルを囲んで居た。 そして、父は慌てて窓を締め切りカーテンをしめて、深刻な表情で言った。
「私は、国に殺されるだろう」
唐突の父の言葉に、家族は困惑するが、困惑している時間も与えず父はぐるりと家族を見渡し、そしてにその鍵を渡す。 父の書斎にある机の、一番上の引き出しの鍵だった。 その中にあるものを全部もって弟たちを連れて逃げなさい。 お前は長女だから、母を支え弟たちを守ってあげなさい、と言い父は普段使わないサーベルを腰に引っ掛け母と、と、そして弟たちを部屋から半ば追い出す形で下がらせようとした。
けれど、その際だ。 どんどん、と強く扉を今にも壊しそうな轟音が部屋に響き、父の名前を荒々しく呼ぶ兵の声が届く。
何があったのか分からなかったが、は慌てて父の言う通り部屋に駆け込み、そして父の日記と、見たことも無い白い筒、四角い木箱を持って階段をそっと駆け下りようとした――けれど。 彼女は見てしまった。 兵たちが父の名前を叫び、扉を蹴破るその瞬間を。 父の髪をぐいとつかみ、脅している姿を。 むき出しの剣が反射し、恐怖に顔を青ざめる父の顔を。
「早く逃げなさい!」
その言葉は母と弟たちにぶつけられた。 けれど、母と弟たちは足が遅く鍛錬をしている兵たちには容易く捕まってしまう。 その後のことはは覚えていない。 とにかく逃げなくては。 そう思い、書斎にあったものをすべてひったくり、窓から部屋を出た。
母も、弟たちも守れず、自分しか助けられなかったけれども、そんなことを考える余地すら与えないほどの恐怖。
ただ、走った。 どうにかして逃げようともがき、走っていく。 けれど、直ぐに兵たちに見つかり、荒々しく人々が叫んでいるのが徐々に近くなっていく。 逃げなくては。 弾かれるように振り返ることもなく、は全速力で走り出した。
わけも分からずがむしゃらに走り続け、橋の下に隠れ込む。 荒れる息を整えて、暗闇の中じっと視線を落とすと手がガタガタと震えた。 慌てて手を押さえるが、手の震えは収まることが無い。 怖い。 恐い。 何が起きたのかまるで分からない。 どうして兵たちは家に来たのだろう。 どうして父は殺される、といっていたのだろう。 どうして、 どうして、 どうして? 答えは分からないままだ。
小さな捨て猫が、彼女の足に絡みつき、にゃあと小さな声を上げた。
動物は感情を肌で感じるという。 自分に絡んできているこの猫はじゃあ、自分を慰めてくれようとしているのだろうか。 そんな小さな命にさえ、は縋った。
薄汚れたその猫を抱きかかえ、抱きしめると猫は彼女の手を引っかき暴れたけれど、不安と恐怖から零れ落ちる嗚咽と、体全身を駆け巡る振動。
死にたくないという気持ちが駆け巡って、けれど恐怖に足がすくむという相反する感情に心が埋め尽くされ、涙の一粒も出なかった。
父の黒い革の日記帳には、何枚ものメモと書き込みが書かれている。 これは「銃」というらしい。 そして、その殺傷能力は高く、力の無い人間でも簡単に人を殺せるというもの。 兵器だ。 そして、ページを捲っていくにつれて父の葛藤が垣間見れる。
「……×月、△日……こんなものが世に出ていいのだろうか。 これがあれば、恐らくはどこの国との戦争でも有利に戦えるだろう。 しかし、この力は強く、もしかしたら女子供まで戦争の道具として使われる日が来るかもしれない。 今ならこの元になっている銃の元もこちらにある。 これらをすべて処分しよう……」
ただ、つらつらと書かれた日記。 もうひとつ持ってきた木箱の中には、銃の弾がいくつもはいっているのと共に四つ折の紙に設計図が書かれていた。 父は、この銃を大量生産されることを恐れ、そしてこれをすべて消滅させようとした結果、追われているのだということには気づくと、サァ……と血の気が引いていくのを肌で感じ取った。 これを私がもっているということは、私は常に狙われるということだろうか。 は確かにじゃじゃ馬で御転婆だと言われてはいるが、それはあくまでも一般的な同い年と比較したら、であり訓練をしている男たちをなぎ払えるほどの力を持っているわけではない。
寧ろ、恐らくは髪の毛をつかまれ引きずり回され、そして父と同じように打ち首にあうのだろう。
そこまで想像したら余りにリアルすぎて、喉を刃物で切りつけられたような感覚すら一瞬覚えた。 慌てて喉をさすってみるが、切られてはいない。 ほうとため息をつくと、兵たちの騒がしい怒声が耳に届く。
「娘がまだ居たはずだ!」
「探し出せ!」
「見つけた者には皇帝陛下から大きな褒美をもらえるぞ!生死は問わないで例のものさえ手にはいればいいらしい!」
彼らの瞳は既に充血していて、鬼のような形相をしていた。 血眼になって、剣をむき出しにしての名前を繰り返し呼び「見つけ出せ」と叫んでいる。 ……父も、母も、弟たちも恐らくは殺された。 その姿を見ていないけれど、間違いは無い。 ……どのように殺されたのだろうか。
頭がくらくらしたが、見つかるのもいずれ時間の問題だと判断すると、木箱にそっと銃を仕舞い、は重たい足取りでふらふらと町を出て行く。 兵たちはをいぶかしげな目でみていたが、城下町でも彼女の評判は「鍛冶屋の御転婆娘」だったので雰囲気の違いから気づかずに通り過ぎていく。
よたよたと、唯歩いて、歩いて、歩き続ける。
足がもつれて、転びかけても怒声が聞こえてくるような気がして、慌てて走り出す。 殺せ、という言葉。 見つけ出せ、という叫び声。 聞こえるはずの無い幻聴が木霊して騒いでいた。
がそのまま、三日三晩休み無く歩き続け、やがて四日目の昼に草むらに倒れこんだ。 それ以降の記憶は綺麗に遮断されており、の記憶には残っていない。
ただ、奇妙な浮遊感を感じる。 強張った空気が一瞬和らいで、そして誰かに頭を撫でられた。 それが誰で、どうして撫でられているのかは分からなかったけれど、奇妙な安堵感に今までこらえていた不安と恐怖が解け、は力が抜けがくり、と崩れ落ちる。
ゆっくりと瞼を開けばブルーの服を着た男が怪訝そうにこちらをじっと見つめていた。 見たことの無い男でその瞳はをじっと見つめ様子を伺っている。 その瞬間の頭はすぐに覚醒し、どん!と思い切り持つ力を精一杯出して男を突き飛ばした。
男は恐らく剣術を習っているのだろう。 けれど唐突のことに何がなんだか分からずよろめき、そして壁に頭をごん、と当てている。 慌てて枕下に置かれた木箱を抱え込みガチガチと震える手を押さえ込み精一杯男を睨み付ける。
男は頭をさすりながら何をするんだと通る声で怒鳴ったが、は恐怖に震え、そして木箱を抱え込み守るようにして男を見据えた。 確かに恐怖に震えていた。 震えていたが、父と母と弟たちと最後に自分をつなげていたその木箱だけは、絶対に渡してはいけないということを本能的に察知し、彼女は声を荒げる。 まるでどこぞの演劇のように、激しく激昂し、男を睨み付けた。
「来るな!」
「おい……こちとらお前を助けてやったのになんだその言い草は!」
男は眉間に皺を少し遠目から見ても分かるほどにクッキリと浮かばせてあからさまに不機嫌な態度をとってみせる。 はその男の形相も加えて思わず後ずさりした。 殺される。 殺されてしまう。 ぐるぐると頭の中を回り、そして木箱から荒々しくそれを取ると男に向けて狙いを定めた。
見たことがない武器だからだろう。 男は何だとそれはと不快極まりない口調で言ったが、は一歩一歩男がこちらに近づくたびに一歩、後ろに下がる。
近づかれたら最後、殺される。 脇にさされた刃が、自分の喉を切り、上半身と首を断絶する。 無残な体にされる。 それとも殺さないでじわじわと甚振られて殺されるのか。
そんなことされてたまるものか。
そんなことをされるくらいなら、こちらから先にやってしまえ。
死にたくない。 死にたくない。 死にたくない! 殺される前に殺してしまえ!
考えなどまとまるはずが無い。 ただ、死への恐怖から抜け出すように銃を握り締め、はその震える右手を左手で支えて男に「来ないで!」ともう一度叫んだ。
あまりの怒声に、男は驚いたのだろう。 目を見張って、その足をぴたりとそろえて止めた。
しばらくの沈黙の後、その沈黙を破ったのは、扉が音を立てて闖入者がはいってきたことを知らせたためである。 一瞬視線が二人ともそちらへ向かうと、そこには栗色の長い髪に真っ赤な服を身にまとった女性が呆れ顔で腕を組んでいた。
「フリック、何を騒いでるの? 外まで聞こえてきたわよ」
「俺は何もしてない!」
「あら、傍から見ると貴方が襲ったようにも見えるわよ?」
誰が!と男は反論したが、二歩ほど下がり、ぶつくさ女に文句を言い始めている。 しかしその文句をさらりと女は受け流してを見た。 ひやりとするほどの瞳にの体はぞくりと震えた。
この人も、赤月帝国の人間だろうか。
女だからと甘くさせておいて、私を殺すつもりなのだろうか。
疑心暗鬼になりながら、それを女にも向ける。 女は目を見張ったが、何だそれは、とは言わない。 中々持つ人間は少ないが、稀にがもつものよりももっと長くて大きな銃を持った人間が居る。 その銃を基盤にして作られたのがの銃だ。 だからこそ女はさほど驚いている様子はない。
「大丈夫? あなた、倒れてたのよ」
「く、来るな!」
ぶるぶると震える手は何か自分がトリガーを引くことを拒んでいるようで、喉の奥がチリチリと焼けそうに熱い。
冷や汗を感じながら、脇をしめ、女をじっとにらみつけるが、女はやんわりと笑って「大丈夫?」とまるで気にしていない表情でに問う。 一歩、彼女は前によってきた。
穏やかでやさしそうな雰囲気を持つが、の耳には今は何も届かない。 敵じゃないといわれても信じていいのだろうか。 彼らは赤月帝国の人間ではないのだろうか。 この銃を奪いに着たのではないだろうか。
恐ろしさから、高い上ずった声を上げるが、女は気にせずに一歩、また近づいてきた。
「こないで…こないで、こないでったらああああ!!!」
そんなの拒絶も無視して、彼女はの傍に来ると、そっと手を上げる。 はその瞬間に、幻覚を見た。 女の手が自分の首に伸びて絞め、そして男の持っていたナイフで……。
「い、やあああああああああああああああああ!!!!!」
「?!」
パァァァン、と何かが破裂する音が部屋一帯に響き渡った。 女の頬からつう、と血が滴り、男が「オデッサ!」と女の名前を呼んでいる。 しゅうしゅうと煙がたつ銃を呆然と見つめながら、やはり震え、そして自分が今した行動に理解できず震え続けた。
パチンコ弾で敵を狙うのは得意だったが、今の動揺で撃った球は幸いにもかすり傷で終わり、女は傷を負ったが、まるで気にしていないようにコツコツと近づいてきて、そして――……。
パァン、と乾いた音が部屋に響いた。 の頬は女の手によってたたかれ、その瞬間に銃がぽとりとベッドの上に落ちる。 顔を上げる気力など既にには残されておらず、肩で息をしたまま、そのまま前のめりになりは倒れた。
「おい! お前!!」
「いいのよ、フリック。 怪我してないんだから」
「バカ!お前顔血でてるだろ! そもそも何なんだこいつは!」
怒声を上げながら男はをじろりと睨み付けた。 しかしはその視線に反応をすることがない。 前のめりになって、そのまま彼女は硬く目を閉ざしている。
倒れながらも銃をしっかりと抱え込み、そして恐らくは余り眠れて居ないのだろう。 くっきりと残った目の下の隈が物語っている。
奪い取ろうと持ち上げてみたところで、彼女の腕はぴくりとも動かず、がっちりと固められている。
女――オデッサはため息をひとつ零すと「あの武器、銃ね」と静かに言った。
男は不思議そうに首をかしげて「銃はあんなに小さくないって聞くぜ」と言い返すが、女は首を振り、「でも、銃だったわ」とさらりと言い切る。 何故こんな少女が銃を持っているのかは分からない。 木箱と銃をあけようとしても彼女はそれを死んでも離さないと抱え込んで眠っている。
何があったのかは分からない。 けれど、基本的に人の良い性格のオデッサには少女、を放っておくことなど出来なかった。 しばらく彼女はここに置くとフリックに言うとフリックは明確に嫌な顔をして、口をへの字に変える。
「そんな怪我まで負っておいて、良くそんなこと言えるな……」
「あら、心配してくれるの?」
「当たり前だろう! いいか、オデッサ。 そもそもコイツ、帝国のスパイかもしれないんだぞ」
フリックはに突き飛ばされたことと、銃口を自分たちに向けたことに関して言っているのだが、オデッサは首を横に振る。
彼女の表情は確かに恐怖が色濃く写っており、何かに襲われたのか人をまるですべて恐怖対象にしているようにも見えた。 そんな人間がスパイであるとはどうにも思いがたい。
何があったのか、どうして倒れていたのか。 そんなことは一切分からなかった。
「でも拾ってきたのはフリック、貴方よね?」
「それは……」
「貴方のやったことは人として正しいんだから、そんな顔しないの。 ……大丈夫、いざとなったら責任はちゃんと私が取るから」
その責任という言葉の意味が何なのか、彼は問わなかった。 分からないほどバカではない。 年は自分たちよりも恐らく年下だろうその少女は顔面蒼白になったまま、その瞳を硬く閉ざし泥のように眠り続けた。
目覚めたのは、それから三日後のこと。
彼女の面倒を見ることになった解放軍の協力者の女からの伝達でオデッサはいそいそと其方へと向かう。 無論彼女一人で行かせるなんてとんでもないとフリックもまた一緒だ。
扉を開けてみればは脅えた瞳を向けてベッドから無理やり起き上がろうとした。 フリックは剣に手をかけたが、それをやんわりとオデッサがとめる。
「体はもう、大丈夫?」
「……こ、来ないで……」
「おい、お前! この前から言ってるけどな、お前を助けたのはこっちなんだぞ!」
声を荒げるフリックにびくりと肩を震わせてはブルブルと震える唇をかみ締め、顔を上げた。 オデッサの瞳が彼女を射抜いたが、自然と彼女はオデッサに対して恐怖を抱かず寧ろにらみ返す。
「だ……誰が、助けろなんて言ったのよ!」
「てめぇ……」
「やめなさいフリック。 相手は女の子なのよ。 大体貴方はそうやって直ぐカッカするところ、悪い癖よ」
ぴしゃりとオデッサの声がフリックをさえぎる。 フリックは不快感をあらわにしてオデッサに反論しようとするが腕を組みふい、とそっぽを向いてしまった。
その行動はどこかコミカルで、は呆然と一連の流れを見ていたが、オデッサはから少し離れたところの椅子に座り、にこりと笑ったので思わず姿勢を正す。
「私の名前はオデッサ・シルバーバーグ。 貴女の名前は?」
「…………」
「名前がなくちゃ、貴女のこと呼べないの。 教えてもらってもいいかしら。 それともこちらで名づける? そうね、ポーリーとかポチョムキンとかどう?」
その言葉を聴いてフリックとは揃って硬直した。 ポーリーはまだしてもポチョムキンは明らかに男の名前、それもめったにない名前だ。 そんな二人をあっさりと無視してオデッサは「ドライスターとかもありねえ」とあれやれこれやと名前を挙げ始めている。
このままでは、間違いなく変な名前をつけられる。 そして彼女は間違いなく本気でその名前をに呼ぶつもりだ!
慌ててはその手でオデッサをさえぎった。
「、・クルッツェです」
「そう、というの。 よろしくね。 こっちの不機嫌そうにしてるのはフリック。 貴女を拾ってきた人よ」
にこやかに笑うあたり確信犯だったのだろう。 しまったと思う気持ちを他所に、オデッサはにこにこと笑ったまま言う。 三日三晩寝続けた人を私は始めてみたわ、だの何だの、他愛の無い世間話だ。 中々本題に入らないオデッサにフリックは苛立ちを覚え、何度かオデッサの肩を叩いていたが、それも簡単にスルーされている。
やがて、彼女は漸く本題に入った。
「それでね、。 どうしてあんなところに倒れていたかよければ教えてもらえないかしら」
「……」
「その武器、銃よね。 ……でも私たちは貴女の持っているその銃の形を見たことが無いわ」
知っているのは長い筒の、大きな銃。 のその銃は服装で直ぐ隠れてしまうほどの、小さなものだ。 ぴくりとの手が動き、彼女の瞳はギョロギョロと動き回った後に、自分の手のひらに落ちる。
そんなの動揺を目にしながらも、オデッサは何も変わらずに言った。
「……昨日ね、グレッグミンスターで処刑が行われたの。 一家まとめての、打ち首の刑。 凶悪犯として、4万ポッチの指名手配が出てきたの。 ・クルッツェ。 偶然ね、あなたと同じ名前だわ」
処刑。 打ち首。 そして自分の指名手配という言葉には鈍器で殴られたような気持ちになった。
やはり、家族は皆、殺され自分も追われてしまう。 どうしてこんなことに……。 小さく呟きながら、彼女は瞳を閉ざす。
信じたくはなかった。 けれども、確かに自分は一人になってしまい、残されたものはたったこの木箱だけ。 これからどうやって生きていけというのだろう。
オデッサは彼女に寄っていき、頭をそっと撫でた。 ……不思議なことに、は抵抗しないで沈黙を続けており彼女のなすがままだ。
彼女は言う。 どうして、貴女みたいな女の子が追われているの、と。
「……それは…・」
「教えてほしいの。 」
ぎゅうと手を握り、に問うオデッサの瞳は先ほどの笑顔とは違い真剣そのものだ。 の心はゆれた。 この人なら、大丈夫ではないだろうか。 そう思いながらも、もしもこれが策だったのなら、という恐怖。
…けれど、オデッサのその手のぬくもりを信じて、ぽつりぽつりとは語り始めた。 オデッサの手はの手を握ったままだったが、時折ピクリ、と動く。 そして、最後まで話し終わるとフリックが壁をがん、と叩き悔しそうに歯をかみ締めた。
「くそっ、そんなもんを作ってやがったのか……! おい、」
その銃を俺たちに渡して、お前は逃げるんだ。 そう言ったフリックには弾かれるように彼を見、そしてオデッサの手を振り払い木箱を守るようにして激昂した。
「嫌!」
「っ、そんなもんがあるからお前も、お前の家族も狙われたんだろ! 俺たちがソレを壊せば、お前は狙われないで済むんだぞ!」
「何よそんなこと言って! なくったって奪っていったじゃないの! 嫌よ、冗談じゃない! これは父さんが命を懸けて残したものなの! 絶対渡さない!」
「この強情が!俺は心配して言ってやってるんだぞ!」
「誰が言ってくれなんて頼んだのよ! 驕りも甚だしいわ! 大体アンタ上から目線ばっかりで何よ! そんなにアンタ私より偉いの?! 何様のつもりよ!」
吐き出すように言うに、思わずフリックは怯んだ。 しかしカチンとくる言葉を先ほどから羅列されまくり、このガキ、と小さく呟くとツカツカと彼女の元へと歩いていく。 その手でオデッサはフリックを抑えてフリックを嗜めた。
「オデッサ! 俺はもう我慢ならん!」
「フリック、彼女はまだ不安定なの。 ……ご両親が、目の前で捕まって、それで殺されたのよ? 彼らが残してくれたものを私たちが奪い取る権利なんてないわ」
「けどな、俺はコイツのためを思って……!」
フリックの言い分はもっともだが、持っていようが持って居なかろうがは既に赤月帝国ではお訪ね者となった。 は銃をそっと撫でておもむろに立ち上がるとオデッサに頭を下げる。 ごめんなさい、という言葉も付け加えて。
「…撃ったりして、ごめんなさい。 直ぐに出て行きます」
「行くあてはあるの?」
「…………」
視線を落としたが、は答えなかった。 それが逆に答えになってしまっていることは容易に分かるが、オデッサは追求しない。 頬杖をついて「残念だわ」とだけ言う。 フリックはがしがしと頭をかきながらぶつくさと文句を言っているけれど、それもやはりオデッサには無視された。
「貴女が私たちの味方になってくれたらとても心強いんだけど」
「……味方?」
彼女は自分たちの存在をに教えた。 解放軍。 その単語には目をひん剥いたが、けれど首を縦には振ることは無い。 フリックが「アジトを知られた以上生かしてはおけない」と脅してきたけれども、は首を振り続けた。 彼女たちが求めているのはではなく「の武器」とその設計図だろう。 はそれだけは認めることが出来なかった。 父が壊そうとしたもの、その結果家族は死に絶えてしまったものだ。 戦争のために、大量生産されるわけにはいかない。
「分かったわ。 ……でも、貴女は追われる身なの。 少しの間、その体が良くなるまで、ここに居て頂戴。 安全なルートを見つけて、貴女をどこか遠くへ誰かに連れて行ってもらうわ。 ……この国から、ずっと遠くに。 アジトを知られた以上、この国近辺にいられると困るの」
そうオデッサは言うと椅子から立ち上がり、の返答を待たずして出て行く。 それを追いかけるようにしてフリックもまた、出て行った。
取り残されたはベッドにどさりと寝転がり、銃を胸にぎゅうと押さえて目を閉ざす。 たった一週間足らずで余りにいろいろなことが起こってしまったのだ、頭の整理が追いつかない。
まだ死んだという実感さえ沸かない。 家に帰ればいつもどおり母が居て、弟たちがいて、父が鍛冶場から疲れて帰ってきて――そこまで考えて、そんな些細な日常すら戻ってこないという現実を突きつけられた。 それでも、どこか泣けない自分が居て、ぎゅうと瞳を無理やり閉ざして眠りにつく。 羊の数を数えるだけでは足りずに、繰り返し繰り返し、殺してやるというのろいの単語を呟きながら。
彼女の体は徐々に疲労も回復していったが、は部屋から出ることなくトイレと風呂以外はほぼそこで過ごしていた。 彼女の様子をほぼ毎日オデッサは見に来て何てことの無い世間話やフリックに関する愚痴を零し、そしてさっさと帰っていく。 逆にフリックといえば様子を見にきたはいいものの何をしゃべっていいのか分からず仏頂面で座っていた。 お世話係の女がちょこちょことフリックをからかってはいたが、はどうにもこの「フリック」という男が好きにはなれない。
「こんにちは、」
「…こんにちは、オデッサ」
「今日はご飯を一緒にしようと思うんだけどどうかしら?」
トレイに食事を載せてラフな格好で現れたオデッサはとても軍のリーダーには思えないほどの口調で、拒もうとするを無視しすたすたと部屋にはいるとの料理と自分の料理をそれぞれ分けてにっこりと笑う。
……随分と変な人。 そうは思いながらも、徐々にこのオデッサという女に惹かれた。 カリスマ性のある、不思議な人だ。
パンをちぎりながら、オデッサは一方的に話していることが多かったが、何となくはぽつり、と呟いた。
「……一緒に食事なんかして、楽しい?」
オデッサの答えはあっさりと「楽しくなかったら何度も来ないわよ?」と言い放ち、クリームシチューのにんじんを食べながらまた話を戻していく。 はため息を零しながらも、結局彼女に流され食事を共にしたり、時にはチェスをしたり会話をしたりしていた。 けれど、が笑うことはなく、唯淡々と作業をこなすにオデッサはため息をつきながら「いつか、笑えるといいわね」とさらりと言いながらトランプを切る。
その日は珍しくオデッサが来ない日で、は知らずとしてオデッサを待っている自分に気づき困惑した。 彼女の目的は銃の生産であるというのに、と自分を叱咤しながら、首を横に振る。
部屋をぐるぐると歩き回り思い切って外に出ると、誰かの叫び声が響いた。 何事だろう。 上を見上げると誰かがばたばたと降りてくる。 見慣れぬ男だった。 優しげで、穏やかそうではあったが焦りの色が強く「大変です!」と叫びながらの横をすり抜けていく。 数分後、その男と共にオデッサやフリックが反対方向から現れ、走り抜けていった。
何だろう。
はその足でそっと彼らの後ろを追いかけると、彼らは森で何かと対峙していた。
―― その鎧に、は瞠目し、ぐにゃりと視界が揺らいだ。 赤月帝国のエンブレムの入った騎士団の甲冑。 間違えるわけがない。 家に現れた男たちと同じものを彼らは纏っている。
彼らの横に居る人間に彼女はわが目を疑った。 それは、間違いなく末の弟の姿だ。 どうして、死んだのではなかったのだろうか。 困惑する自分を他所に、彼女たちは何かを話している。 彼らは弟の首に刃を突きつけて、嬲り殺そうとしている。 オデッサは嫌悪感をむき出しにして眉根を寄せていたが、兵は嘲笑して弟を傷つけ続けている。
泣き叫ぶ声。
笑い声。
さまざまな声が交じり合っていた。
兵は叫んだ。
「・クルッツェを匿ったのはやはりお前たちか、解放軍! 生かしておいて正解だったな! さぁ、例のブツを渡せ!」
「お断りね、それにその子は・クルッツェの弟なんかじゃないわ、解放しなさい!」
弟は泣き叫びながら、父と母、兄、そして姉であるの助けを求めた。 四人の帝国兵は弟の泣き叫ぶ声が癇に障ったのだろう。 致命傷にならないキズを彼に負わせ、笑う。 まるで狂犬のように、狂っていた。 帝国兵だから許されるというのだろうか。
オデッサはやめなさい、ともう一度叫んだけれど――……兵のリーダーであろう男は、小さな弟の胴体と足を切り離し、そして次に首から上と胴体を切り離した。
その時の光景を、は生涯忘れることは無いだろう。
むせ返るほどの血の臭い。 動かなくなった弟。 血まみれの草むら。 激昂するフリックに、オデッサもまた剣を構えた。 弟をじっと見つめながらも、は意地汚く笑う男たちへの憎悪から、銃を握り――そして、一人の男の米神に向かってトリガーを引いた。
ぱぁんという銃声がしたと思うと男はドサリと倒れこんだ。
「! おい!」
「誰かいるのか!」
「くそう、追え!」
声を荒げる男たちを他所に、フリックは剣を振るい、男たちを次々となぎ倒していく。 オデッサもまたしかりだ。 最後の一人がオデッサに切りかかったのを、が遠くから銃を撃ち、右腕と胴体を切り離す。 怯んだ瞬間に、彼女は一閃し男を切り捨てた。
―― そして、そこは血の海になった。 小さな子供と、男四人の血は混じりあい、骸は崩れ落ちている。
よろめく足を必死に動かして、はその弟へと一歩一歩近づいた。 両膝をつき、血で汚れることもいとわず、弟の骸を抱きしめて、繰り返し繰り返し「どうして」という言葉を零した。 そして、ふと男たちの骸を見た。 男の米神には穴が開いており、そこから血がだらりと落ちてきている。
殺したのだ。 自分が。
「あ……あ……」
「」
「わた、私が……私が、こ……殺した、殺した…?」
両手は弟の血だけで染まっていたけれど、確かに自分が引き金を引いたから消えた命があったのは事実。
殺した。 その事実を突きつけられては違う、違う、と首を振り否定した。 けれど、幻聴が何度も何度も言う。 「お前が殺した」と。 弟も、父も、家族も、目の前の人間も、が殺した。
「違う、違う違う違う!わ、私は……私は、私はあああああああああああああああああああっ!」
発狂したような声をあげて、は絶叫した。 ぱあん、と乾いた音が響き自分の頬が誰かに叩かれる。 それは、オデッサではなくフリックの手だった。 もういい、と彼は一言だけ言いの頭をぐしゃぐしゃに乱暴に撫でて言った。
その言葉に、は呆然としたまま彼を食い入るように見つめた。 けれど彼はそれ以上言わずに、なぜか彼のほうが今にも泣き出しそうな顔で「いいんだ」と繰り返す。
「、貴女は私たちを守るために発砲したの。 ……分かる? 守ったの」
ぐいと、の両肩を掴み、オデッサは言った。 その言葉をはぽつり、と繰り返し、そしてオデッサをじっと見つめる。
「守るために、戦うの。 ……、貴女は今、私たちを守るために銃の引き金を引いた」
「……」
「ごめんなさい、嘘をついて。 …この子は、貴女の弟は、私たちが保護していたの。 あなたが設計図を渡してくれるための最終手段として」
こんな形になるとは思わなかったけれど。 青ざめた顔で言うオデッサの言葉はには入ってこない。 守るために戦え、生きるために戦え。 そう彼女は言う。 そして、その力がにはある。 父は望まないだろう。 女子供を戦争に巻き込むことを危惧しこの武器を捨てようとしたのだから。
けれど――けれど。
「私… 私……守れた、の?」
「そうよ。 …あなたは、私を守ってくれたの。 ありがとう、」
頬を撫でて、オデッサは彼女を抱きしめた。
その心音がどくんどくんとに伝わってくる。 生きているという実感。 そこで漸くはボロボロと涙を零し、顔がぐしゃぐしゃになってもオデッサの服を掴んで子供のように泣いた。
家族が死んだこと、人を殺したこと、国に追われている事。 それらすべての悲しみや怒りを涙に変えて、涙が枯れてしまうのではないかと思うくらいに彼女は泣き続ける。
それから、はオデッサたちと共に戦うことを決めた。 どうして、と聞かれても彼女は中々人には言わなかったが、自分と同じような人間が生まれないように。 もし誰かが自分と同じように誰かを守るために殺しそれで葛藤しないように、自分がそれを背負うと決めたからだ。
しかし彼女は頑なに短銃を自分以外が使うことを拒み続けた。 弾丸はすべて鍛冶師にまとめて作らせ、最低限で押さえ続け銃の存在を知られても設計図を彼女は捨て、また情報の入った父の日記も燃やし捨てた。 これでいい。 こうしなければいけない。
弾を込めて的を狙い、トリガーを引くとど真ん中に穴が開く。 最初はたどたどしかった銃も、元々のセンスもあったのだろう。 今では百発百中、鉄砲玉のとさえ呼ばれるようになった。 そう彼女が呼ばれるようになったのはオデッサが彼女を導いたからだろう。 笑うことも泣くことすらも拒んだにとってオデッサは光そのもので、何度も救われてきた。
だから、本来持っていた御転婆っぷりも表に出し、今では普通に笑えている。
―― そっと、目を閉じる。 家族の顔と共に思い出す一人一人が殺した人間たち。 その人たちにもまた、自分と同じように残された家族がいるのだろう。 それでも、は顔を上げなくてはならない。
そう決めたのは自身であるのだから。
そして、運命が流転しても尚、彼女は歩いている。 オデッサがもう居ない運命の中で、彼女は自らの意思でトリガーを引き、赤月帝国に対し解放軍の一人として抵抗を続ける。 自分とそう年の変わらないリーダーに対して自分をどこか重ねながら、今度は自分が誰かの支えになりたいと、必死に走る。
「、ちょっと出かけるから用意してー」
「はいはい、ちょっと待ってー!」
今日も、彼女の声がどこからか聞こえてくるだろう。 笑って、怒って、そんな些細な感情を向けながら、どこかで今日も彼女は生きていく。