春はうららか

">モクジ
 図書室の一角で、彼女はかくん、かくんと僅かに揺れる少年の背中を見つけた。あの独特的すぎる髪形は通る人間達の注目の的だろう。
 ……といっても転校してきてだいぶ経つので、流石に同学年の人々は慣れてきたようだ。そういえば制服を着ているとき、彼はマントを付けていることが少ない。
 ひそやかには試合中に翻るマントを見ては「引っ張られないのかな」だとか、余計なことを思う。フードがついているということは、それが引っ張られたら首も絞まるし、下手をすれば相手選手のラフプレーの結果、怪我にも繋がるだろう。
 彼の隣の椅子にはブルーのマントがかけられていて、鞄も置かれている。
 机の上にはハードカバーの本が三冊ほど積まれている。さわさわとペパーミントのカーテンが開け放たれた窓から入ってくる風によって揺れる。差し込んでくる木漏れ日はどこか幻想的な世界に彼女を引き入れていく。
 は暫くその世界に浸っていたが、突然穏やかだった風が突風に変わり木々がこすれる音が激しくざわめいた事により現実に引き戻された。どのくらいぼんやりとしていたのだろうか。慌てて壁時計に視線を送り、ふぅと小さな溜息を零した。どうやらそんなには経っていないらしい。受付にいる図書委員は暇なのか既に昼寝の体勢で机に抱きついており、のことなど気にも留めていない。試験期間でもないからか、人の数もまばらだ。
 ゆったりとした足取りで、は一歩二歩と恐る恐る鬼道の背中に一歩ずつ足を進める。三歩半ほどの距離になって、彼女はその両足を止めた。華奢なその足を組んで、彼は頬杖をついて沈黙している。ゴーグルのせいで分かりにくいのかもしれないが――彼は確かに眠っているようだ。

「……めっずらしー」

 鬼道有人という人間は常に周囲の動向を探るような、油断と言う言葉が無縁に近しい人間である。だからこそ年相応の態度が新鮮なものを感じる。ぐるり、と向かい合わせの席に座るとは持っていた宿題を広げた。
 彼女が座ったことにも気付かない。よほど疲れているのだろう。起こすのも忍びないので作業を進めていく。風は柔らかく、穏やか。確かにこんな日はいい夢が見れそう気になってくる。
 穏やかな日差しに思わずうとうとと彼女も体が揺れる。何をしに図書室に来たのだろうと目的を思い出しながらも重たい瞼がぴったりと閉じられるまでに早々時間はかからなかった。



 鬼道が目を醒ましたのは少し後のこと。
 少し揺れる世界に、ゴーグルを上にあげて目頭を押さえる。相変わらず穏やかな陽気は眠気を誘うがそれよりも鬼道は目を大きく見開いた。女生徒がうつぶせになって眠っている。
 何故ここに彼女が居るのだろうか。思わず声を上げそうになった口を片手で覆うと周囲を見渡す。
 ……人は他に、見当たらない。席はガラガラだ。何故彼女が此処を選んだのかは解らない。差し込む日と風に髪が僅かに揺れて、彼女の寝息が僅かに聞こえてくる。

「……なんでここにが居るんだ?」

 その答えを持っている張本人は今は春眠暁を覚えず。転寝をしている状態では会話なんてものは出来ない。部活だってフットボールフロンティアのことも含めやらなければいけないことが山積みだ。
 ぱん、と彼女の前で両手を叩くと彼女の体は思い切りびくり、と音に驚いたのか振るえ、次に思い切りガクン、と揺れると机に頭を叩きつける形になった。
 まるで寄りかかっていた支えを失ったかのようにおろおろと周囲を見渡し、彼女は非常に狼狽してみせる。だが軌道の姿を確認するとぼんやりとしていた頭をはっきりとさせて「あれ…鬼道君がおきてる」と呑気極まりない言葉を言う。

「お前な……」
「うちの担任に辞書片付けるの言われてて、それで図書室来たら鬼道君転寝してるから珍しいなって思ってさー」

 転寝をしていたのはのほうだろう。思わず内心ツッコミをいれたくなったが、彼はそんなことよりも寝顔を見られた焦りから思わず顔を背けてしまう。
 そんな鬼道をお構いなしにぐっとは目を擦った後に伸びをし、小さな欠伸をかみ殺す。
 辞書を持ってきた痕跡は既にない。そもそも本当に辞書を持ってきたのだろうか、鬼道が眉を顰めるとはは、と現実に引き戻されたかのように思い切り立ち上がった。

「鬼道君、部活!」
「……はっ!」

 今まさに思い出したと言わんばかりに顔色を変えた鬼道には小さく「鬼道君って本当に、同い年だったんだ」と当たり前すぎることを呟いた。
 鬼道の家の、御曹司。
 人より少し先を歩いている、大人びた雰囲気を持つ少年。それが彼女の、彼に対する印象だ。けれどうたた寝をすることもあれば、部活がある日を思わず忘れてしまうときもある。
 そこにいるのは「大人びた」とは言い難い、普通の少年・鬼道有人だ。

「……お前は俺をサイボーグか何かと勘違いしてたのか?」

 じろりとを見つめる姿はどこか焦りと不機嫌を組み合わせたような声音と顔で、何だか可笑しい。二人で三冊の本を片づけ、図書委員が相変わらず眠る図書室から飛び出すとそれからは一目散でグラウンドに駈け出す。
 円堂に揃って「遅かったなー」と笑顔で言われ、無言の豪炎寺の威圧に思わず「ごめん」という言葉を揃えて言うのはこの少し後のこと。



2011.04.22
">モクジ

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