帝国の朝は六時には起床して、七時には練習を開始する。ストレッチをして、グラウンドをジョギングがてら5キロほど走った後に基礎練習に入る。
パス練習、ドリブル練習。一つ一つの基礎練習を積み上げて新たな技を作ったりフォーメーション確認のミニゲームや試合方式の実践練習に繋げていく。朝早くに練習し、放課後練習し、夜にクラブハウスの講習会があり、そして寝る。サッカーとともに有り、サッカーで勝ち進んでいく常勝集団としては当たり前のことといえば当たり前だろう。
けれど、最近いつもメンバーより早く起きていつもより早く練習場に向かう。特別な理由は無い。ただ、気になることはある。
「おい」
「! さ、佐久間君、おはよう」
「……ああ」
ボールに空気を入れてるのかシュコシュコと手元にあるダブルアクション型の空気入れを押したり引いたりしている。手際はいいが、いかんせん部員が多いせいか終わるようには到底見えない。
マネージャーは他にも居るというのに、この女はいつも早くに来ている。そのことに気付いたのは二週間ほど前だ。
最初は家がきっと近いのだろう、と思ったがどうやら家からはとても離れているらしい。二つ目に、マネージャーなのだがらという風に思ったが、マネージャーだからといって朝の五時に既にグラウンドに居るなんていうことは合宿期間でもない限りありえない。まだ朝日すら昇っていない状況だからだ。そもそもそんなに朝早く起きたところで疲れは取れない。
「……えっと、あの、早い、ね?」
「お前には関係ないだろ」
「あ、ご、ごめん」
この女は、イライラする。直ぐに謝るし、常におどおどビクビクしていて自信がないし、頭もすぐ下げる。どうしてそこまで怯えるのかも分からない。
仮にも帝国のマネージャーなら胸を張っているべきだと思うし、悪いことをしているわけでもないのだから堂々としているべきだ。この言い方だとこの女を庇っているようにも見えるがそうじゃない。単純にそれによって部員が嘗められるのが嫌なだけだ。
総帥の姪だか何だかは知らないが、引き受けた仕事はすべきで、努力を惜しまないべきで、マネージャーはつまり「主務」なのだから主務としての仕事を全うすればいい。
はおろおろと此方を何度か見ていたが、空気を入れていたボールが丁度いいぐらいになったのか、針をはずして一つ籠に入れた。
「おい」
「な、なぁに?」
「……なんでお前、こんなに朝早くからボールに空気入れてるんだ」
「え、あ、あの、それはその、えっと……数が多いから、早めにやらないといけないから……」
はっきりしない答えに、余計に苛立たしくなる。
「いい、貸せっ!」
「え、あの、さ、佐久間くんは練習に来たんじゃ……」
「口答えすんな! 大体こんな早くに来て練習するわけないだろ! オーバーロードで体壊させたいのかお前は」
「ご、ごめんなさい、そういうつもりじゃ……」
イライラする。
はっきりしないこの女に。そしてこういった言葉しか掛けられない自分に。
無性に腹立たしくて、有無を言わさぬように転がっていたミニサイズの空気入れを拾い上げて、同じように転がっていたまだボールの空気が入っていないボールをワンタッチで持ち上げる。
あ、と声がしたが、そこは黙殺することにした。
「さっさと手を動かせ!」
「あ、あの、佐久間君……あ、ありがとう」
「……フン」
一人でやっていることを知ったのは偶然だ。別に意識していたわけじゃない。この女が好きか嫌いかと聞かれれば即答で嫌いだと言えるだろう。
ただ、頑張っていることは認めてやってもいいと思ってる。頑張ったからと言って結果がついてくるかと聞かれればそうではないことも多いが、それでも部活に集中できるのはマネージャーたちの助力のお陰なのも勿論知っているから。だから、まぁ、感謝していないわけじゃない。
倒れられたら困るのも事実で、一人穴があくだけで一人一人の負担が大きくなる。だからあの女みたいな奴でも居なくなったら困るのだ。それだけだ。それ以上でも以下でもない。だから今日、ここ最近毎日早く来ているあの女を見に来ただけだ。心配だったわけじゃない。倒れられたら困るだけだ。
ありがとうと礼を言われた時の表情に思わず動揺したのは、特に理由なんて無い。
そう心に言い聞かせながら二つ目のボールを籠の中に投げ入れた。