明日もハレルヤ!




「一ちゃん、終わった?」

 ひょいと顔を覗かせた幼馴染に陸上用のスパイクを脱いでいた手を止めて顔を上げる。楽しそうな表情に此方も自然と呆れながらも笑顔になれば「何よう」と少し怒られた。そういうところも相変わらずらしい。
 しかし、この、という同級生はいつも底抜けに明るい印象がある。男だとか女だとかそういう類を持っているのか持っていないのかも分からないような、そんなイメージだ。だが、だからこそ彼女とは付き合いやすいのかもしれない。

「ん、後着替えてプリント貰えば終わり。お前は?」
「委員会の集まりで今日は部活出れなかったから、そのまま帰るよー」
「んじゃちょっと待ってろ」
「アイアイサー!」

 別に彼女と恋愛的関係にあるわけじゃない。寧ろもしかしたらそこからは一番遠いところに俺たちはいるのではないか、と時折思う。との再会時、その余りにもかけ離れたイメージに目を白黒させたのは良い思い出で、今となっては喧嘩友達、悪友に近いのかもしれない。あまり異性として考えなくて良い相手、それがだと思っている。
 気を使う必要も無い。
 だから、彼女も俺に気を使わない。
 常にイーブン、対等、同じ。それが心地良いし、それでいい。
 俺はスパイクを脱ぐとファブリーズをかけてスパイク入れの中に入れると顔を上げた。
 ばちん、と視線がぶつかる。

「何だよ?」
「何?」

 略同時の言葉の投げかけあい。思わず目が見張った。タイミングがよすぎて可笑しくて、笑ってしまう。こんな時までばっちりタイミングが合うのはある意味だからだろう。
 笑う俺に、何さぁと文句を言う。更に何だ何だと駆け寄ってくる円堂。この関係が俺は好きだ。男女間の友情は存在していればいい。寧ろそうじゃなかったら。

 ……そうじゃなかったらこの関係は、何だ?

 ふと過ぎった疑問。
 けれど言葉にすることはやめておいた。言葉にしてはいけない気がしたからだ。首をかしげたの頭をぺちん、とはたけば想像していたよりも良い音がした。

「あたっ!」
「アホ面」
「ひどっ! 一っちゃんのくせに生意気!」
「お前それジャイアニズムっつーんだぞ!」

 またいつもと同じように馬鹿騒ぎを始める。ふと過ぎった疑問を抱きながら、変わらずに、いつもと同じに帰路に着きながら、アイスを食べながら下らない話をする。
 丁字路につくと、くるりとは振り返って笑った。「また明日」と言葉を添えて。
 夕焼けに照らされて、彼女の淡い髪の毛はより光って見えた。まぶしいと目を細めれば「ガキんちょだなぁ」なんて笑い声が帰ってくる。

「……じゃ、また明日」
「……ああ、また明日」

 駆け出したの背中を暫く見つめて、そうして、俺も反対側の丁字路へ歩き出す。
 ふと、足を止めた。
 ―― 振り返ってはいけないよ。
 誰かが俺に囁いた気がしたけれど、無性に振り返りたくて、止めた足をぐるりと回れ右の形を取る。振り返れば、彼女は足を止めていて、どこか背中が小さく見える。
 どうしたんだろうか。
 問いただしたい気もした。けれど、聞いてはいけない気もした。
 視線に気付いたのだろうか、ゆっくりと、は振り返る。
 何メートルも離れたその場所で、俺たちは二人揃って固まる。
 ―― 振り返ってはいけないよ。 囚われてしまうから。
 誰かがまた、言った。どこかで聞いたことのある言葉だった。千と千尋だっただろうか。まぁそれはどうでもいい。
 なぜなら、もう捕らわれてしまったのだろうということを俺は潜在的に感じ取っていたからだ。
 今更じゃねーか。
 呟いた声は、夕焼け空に消えていく。
 この関係が「何」かを夕焼けと――多分、この後の言葉で、俺は知ることになることを感じ取りながらゆっくりとのほうへと歩き出した。

「あっ! こら、にげんな!」
「ごめん無理逃げる!」
「おま!」
「また明日ね!」

 でも、結局俺が詰め寄るよりも早く彼女は逃げ出してしまう。
 取り残された俺は、彼女の背中を見ながら、この分かれ道が一つの答えをいつか、けれども出来るだけ早くに、答えを導き出してくれるような――そんな気がした。

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