ティアドロップはもう要らない



 泣かれるのは好きじゃない。どうしたらいいのか分からないからだ。喜怒哀楽で最も困る反応ではないだろうか。そう佐久間に言えば「泣いてる奴なんて放っておけばいいだろう」と突っぱねられる。
 佐久間はそういえば、が嫌いだったのを思い出す。犬猿の仲というよりは犬と猫の喧嘩に似たものを感じるが、無論それを言えばあの男は噛み付いてくるので黙っておくことにする。そうじゃなくても「源田は甘い」と一言でばっさりと切り捨てられることが多いのだ、無意味に失言をする必要も無いだろう。
 そんなことよりも、問題は目下目の前で泣いている少女だ。
 一回り、二回りほどの小柄なその背中を益々小さくさせて、縮こまって、顔を両手で覆い隠している少女は此方を見ようとさえしない。
 そのことが、僅かに苛立つ。何故泣いているのかも、何故ここ数日避けるのかも、分からない。

「……

「……」



 強めに、名を呼ぶべば、びくりと肩が僅かに震えた。

 いつもなら周りをぐるぐると懐いてくるというのに、此方を見ない上に、どこをどう見たって泣いているのにそれを見せようとしない。そのことが苛立たせているのかと聞かれれば違うだろう。

 では――では、何故俺はこんなに苛立っているのだろうか。

 何に? 誰に? その答えは自分の中にはない。

「……

「…………」

「返事ぐらい、せめてしろ」

「……げん、おー……」

 ごめんなさい、と彼女は一言、まるで溢れ出る涙に姿を隠すようにして謝罪した。何に対しての謝罪かも分からないが、それでも彼女は何かに対して罪悪感を感じて、謝罪している。

「どうしてお前が謝るんだ?」

「何も、あの時出来なくて……」

「ああ……そのことか。お前が気に病むことじゃない」

 自分自身の弱さが招いた結果だから、が悪いわけではない。は知らなかったのだ、仕方の無いことだ。自分自身で招いたことなのだから、彼女が気にすることはない。
 けれど、彼女は泣くのだ。
 手が、足が、身体が動かなくなった俺の上で慟哭したときとは違う、此方をむこうともしない泣き方は――少し、距離を感じる。
 それがほんの少しばかり、寂しくもあった。
「気にしなくて良い」
「でも……」
「……お前がそんな顔をしているのを、見たくない」

 泣いてもいい。怒っても良い。感情をむき出しにして喜怒哀楽を向けるのが彼女なのだから、そのままでいてほしいと、願う。
 グローブを外して素手で涙を拭えば驚いたように彼女は目を見開いて、そしてそのまま後ずさった。

「……? どうした?」
「なん、でも……ない」

 、と少しはなれたところから鬼道が呼びに来る。彼女は髪の毛をなびかせてそちらへと走っていく。何てことのない、日常的な光景。
 まるで風のようにすり抜けて、いなくなる。彼は気付けば彼女の名を呼んだ。


「?」


「……また、来い」

 いなくなる、ということへの焦燥感。何を焦っているというのだろうか。
 は涙を引っ込めて、うん、と笑って手を振って前を見ずに此方を見ながら走る。転ぶな、と思えばやっぱり転んで、近くに居た鬼道が呆れながら彼女に手を貸して「戻るぞ」と去っていった。彼女は何度も頷いて、最後にもう一度振り返って「またね」と笑う。
 コロコロコロコロ変わる態度に思わず口元が緩み、手を振り返せば辺見が口を歪ませて「お前、あんま無理すんなって言われたばっかのくせに何やってんだよ」とまるで舅の様に突っ込みを入れる。彼は実のところ、世話焼きな性格だ。軽くすまん、と謝り、彼女のいなくなったグラウンドの先をぼんやりと眺めた。
 指に残る涙を口に含めば、それは塩の味がして海の味がした。

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