Ti amo tanto!



※ 成人・年齢操作作品です ※ 



 電話がかかってきていたことにが気付いたのはその電話がかかってきた二時間三十五分後のことだ。偶々携帯電話をベッドの上に置き忘れ友人達とのたまにしか出来ない茶話会に参加していたのが原因。
 元々余り電話もメールも急く人間は周りにはいないので大丈夫だろう、そうタカを括っていた。帰宅して携帯電話を確認すると着信が二件。一件目は二時間三十五分前、もう一つは七分前のものだ。名前の主に思わずは首をこてん、と傾げると再生ボタンを早々に押すついでに冷蔵庫の扉を開けた。
 喋ることが中心だったせいで結局紅茶とミルフィーユしか食べていない。ブランチにしようと思っていたせいか、胃の中はミルフィーユしか結局入れることが出来ていない上にきっともう胃の中で消化されてしまったことだろう。
 無機質な電話の音を耳で聞きながら、冷蔵庫の中にあった具材を一通り確認すると「パスタでいいかな」という結論に至った。その結論に至った瞬間にぶつ、と電話を出る独特の音。やっと繋がったようだ。

「マルコ?」
「……遅いよ、掛けてくるの」
「ごめん、携帯家に忘れてて」
「結構待った」

 電話先から聞こえてくる不満は拗ねた子供のようなもので、思わず彼女は噴出して笑った。何だよ、という声が聞こえてくるが不機嫌なのは変わらない。別に、と流しながら携帯電話を肩で押さえテレビのリモコンをつける。
 何かのバラエティ番組がやっていたが、途中からなので流れもつかめず、電話の向こうで不機嫌になっているマルコに「ねぇ」と途中で言葉を遮った。

「何?」
「何か用だった?」
「……あー、飯、まだ?」
「ん? うん、今からパスタでも作ろうかなって」

 言い切らないうちに「10分待ってて」と彼は言い切ると一方的に電話をぶつ、と切った。は目を白黒させながら何が何だか把握できず、首をかしげた。
 それからきっかり10分後、インターフォンを鳴らす音が部屋に響く。部屋の扉を開ければスーパーの袋らしきものをぶら下げてにこにこと彼は立っていた。

「……10分ってまさか」
「近くいたから、ついでにね」
「近くって……スーパーで買い物して?」
「まぁ、そんなとこ。パスタでいいんだっけ。俺作るよ」

 突拍子もなく、異論も許されず、取りあえずはそこ座ってて、とソファーを指差されたのでは妙な気分のままこくり、と頷き返した。
 自宅のキッチンに彼が立つのは今に始まったことではないのだが、何だか矢張り不思議な気分だ。元々料理上手なので味の心配はしていないが、そういう問題でもない。
 ざぁ、と蛇口を捻り水が流れる音が耳に届く。ぼんやりとマルコの背中を見ていると、彼は何が食べたい、と聞いて来る。


「んー、何でもいいよ」
「分かった。後さー」

 次に出てきた言葉を、彼女は一瞬取り損ねた。言っている意味が理解できず、ぽかんと口を開き彼の背中を凝視した。
 とん、とんと食材を切る音とテレビの向こうの笑い声だけが部屋に響く。少し時間がたってから、漸く彼女は「え」と尋ね返し、その後直ぐに「ええええええ」と絶叫に近い声をあげた。

、煩いよ」
「いや、え、あ、でもだって」
「別に今すぐじゃなくてもいいし」

 トントンとリズムよく変わらぬ口調で食材を切っているマルコには立ち上がり思わず恐る恐る近づいていく。
 彼の言った言葉は、とても大きな意味を持つ言葉だ。後ろに立つと相変わらず此方を振り向くことなくマルコは手際よくパスタをざっとパスタ鍋に入れる。
 マルコ、と震える唇で彼を呼べば漸く彼は振り向いて「何」と尋ね返した。


「……もう一回言ってもらえる?」
「だからー結婚しない?って」
「……凄い唐突じゃない?」
「そうでもないだろ」

 茹で上がったパスタをフライパンで作られた具の中に入れ、作業の手を休めることなく混ぜ合わせるマルコの表情は読み取れない。
 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのだろう。否、彼はそういった冗談を言うような人間ではない。そんなことはからすれば百も承知だ。イタリア男性なのだからウインクや投げキッスをそこらでしているが、根は紳士な人だ。それは、昔から変わらない。

「出来たから皿だして」
「……」
「あー……だから別にすぐじゃなくてもいいって」

 ぽり、と自分の頬をかいてマルコは困惑しながら笑った。
 は何度か瞬きをした後に、はぁ、と思わず溜息を零し、彼の背中にへばりつく。ぎょっとしたように思わず身じろいだ気がしたが、それを無視しぎゅうぎゅうと痛くなるほどに抱きしめる。
 彼は馬鹿だ。
 彼は臆病だ。
 けれど、そんなところが彼らしい。


「――そういう顔して、言うのはずるいんじゃないの?」
「ずるいってなぁ」
「……こういうときは、『Si』か『Va bene』しか認めない、ってぐらい押しを強くして言っていいのに」

 『Si』は「はい」、『Va bene』は「分かりました」だ。どちらも肯定の意味を持つ。はその手をぱっと離すと「こっち見て」と彼の手を引いた。振り返ったマルコの顔は今にも泣きそうで、思わず噴出して笑いたくなる。
 いつもの余裕はどこに行ったの、と尋ねれば誰かが帰ってくるの遅かったから言うのをやめようと思ったのに、と不満が帰ってくる。
 ああ、彼は今日そのために電話をして、そのためにこの近辺にいたのだ。

「本当、マルコらしいというか」
「あーもう笑うなって」

 一緒に歩いていく姿を想像して、はまた笑う。何だよ、と拗ねたような声が聞こえてきたので頬にキスを落として「これからもよろしくね」と笑えばぽかんとした顔と、照れくさそうにおう、と返事を返した彼の姿があった。
 ここで気障な言葉を一つでも落とせばいいのに、彼は「パスタできたぞー」と呑気に笑うのだ。
 ああ、全く。そんなところも変わらないでいてほしいとすらには思えてきて、くすくすと小さく笑いながら冷蔵庫の中に入った高かったワインでも開けようか、なんてぼんやりと考えた。



【 Ti amo tanto 】 …… イタリア語、「 私はあなたをとても愛しています! 」 

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