そもそも、クリスマスなんてものはお国柄、キリスト教のお祝いとして扱われている。25日というのはミサにいって、厳粛とした雰囲気で厳かに物事が進むイベントだ。……そのはず、なのに、国によってはえらく違うらしい。無論、オーストラリアのこの時期は真夏なのでサンタクロースと結びつける雪だとか、煙突だとかは彼女の頭の中には無いのだけれど。否、彼女からすれば十分オーストラリアのクリスマスより寒いのに、彼らは随分と元気だ。
「メリークリスマス、。はいこれプレゼント」
「……ありがと」
にこやかに手渡された四角い箱を見ていると店の奥であれやこれやとにぎやかな声が耳を劈く。ムードなんてものはない。そもそも、ムードだったらもっといい場所もあっただろうが、が今いる場所は――なぜかそば屋だ。
頼んでいたソーキそばが来るのを待っているときに手渡されたのだ。プレゼント、として。目の前でにこやかにヘッドフォンをはずしている少年は特に何かを意識するわけでもなく、ただにこにこと笑っていた。思わず溜息を漏らしたくなる。
「……前々から思ってたんだけど、君って本当突拍子もないよね」
「失礼な、綱海ほどじゃないから」
「どっこいどっこいだよ、十分。そもそも私はまだ研究終わってないのに連れ出すしさ、そっちだって今日練習なんじゃなかったっけ?」
お待たせしましたぁ、と店員の女の子がソーキそばを二人前と足てぃびちを持ってきて、テーブルの上に置いて去っていく。豚のいい匂いが鼻を擽って急速に空腹だったことを思い出しはお盆の上に乗った箸を手に取った。そういえば朝からカロリーメイトぐらいしか食べていない。ミネラルウォーターとカロリーメイト一個。不健康極まりないとも思うのだが、気になる論文をネットで調べていたせいもある。音村は七味をそばにかけていて、「まぁいいじゃないか」とあっさりと言い切ってしまう。何がどういいのかはもちろん彼にしか分からないし――からすれば「どこがどういいのかさっぱり分からない」に尽きるのだが……言い出すわけにもいかず、七味をもらって数回振り掛けると両手を合わせた。
「いただきます」
聖夜にソーキそばなんてムードも何もあったものじゃない。沖縄だからといっても沖縄だってイルミネーションをやったりするし、世間一般と大差なく恋人同士で過ごしたりケーキを食べたりもする。だというのに、彼ら二人はソーキそばを食べていた。
味は濃厚で、さすが「ひづめと鳴き声以外は全部食べる」と言われるだけの沖縄料理なだけあって豚の味が染みている。
テビチ料理は余計な脂肪分もなく、それでいて豚足のこりこり感とコラーゲン豊富なぷるぷる感が楽しめて、これもまた美味しかった。
「……美味しい」
「テビチは脂分が抜け出てコラーゲンがたくさん残って、肌の美容に良いらしいよ」
「ふぅん、物知りだね。まぁでも、クリスマスに豚足とソーキそばとは思わなかった」
最後の一掬いを食べきると両手を合わせて再び彼女は「ご馳走様」と一礼する。音村もまた、完食すると同じように手を合わせた。一息つくと、手元にあった四角い箱をようやくは思い出す。
忘れやすいが彼はまだ中学生だ。年下の少年に何か「物をもらう」というのは少々気恥ずかしいものもあるが――好意は、純粋にうれしい。
「これ、有難うね」
「気に入るといいけどね。……ああ、後この後暇?」
「高校が休みだから研究所居たのを引っ張り出してきた君が言う?」
「まぁ、そうなんだけど」
「……一応、クリスマスだからね。昼までにするって教授には言ってあるよ」
高校生のがずっと研究所にいるのは問題がある。いくら白衣を纏って大人たちに混じってイルカや海洋生物についての生態系を調べたりしても知識は彼らには追いつけない部分も絶対的に出てくる。
彼女の目的は海洋生物全体ではなく――あくまでもイルカではあるが、今日くらいはクリスマスだ。そしては高校生だ。羽を伸ばしたい日だってある。厳粛な空間に触れて、ミサにだって行きたかった。
彼氏ぐらいいたって可笑しくない年なのに、イルカと結婚でもするつもりか。大学教授の一人が海洋研究所に来た際に言っていたのをふと思い出す。彼氏。それはおそらくにとっては到底無縁の言葉に相応しい。
海洋研究所は水族館の隣にある。研究所にいるイルカは、水族館に居るイルカと同様だ。ただ少し違うのはまだ幼かったり、傷を負ったりしたイルカが療養として研究所にいるということ。尾ひれを失ったバンドウイルカの人口尾鰭の作成もまたここでやったものだ。この水族館と海洋研究所は表裏一体。ゆえに、はこの研究所に来たいが為に来たといっても可笑しくない。
だから、「イルカと結婚する勢い」でもかまわないと彼女は思っている。無論それを口にすることはないのだけれど。
音村は暫し考えていたのか、口元を押さえていたが「そう」と薄く笑うと緩やかに、四角い箱のリボンをしゅるしゅると取った。
「あっ、まだ見てないのに」
「別に誰が開けてもいいじゃないか」
「開ける楽しみっていうのがあるんだよ、こういうのには」
「取り合えず、イルカってことでペンダントにしたけど、どう?」
音村はお茶を飲みながら「一番君らしいと思ったんだ」と笑って言う。が少し目を見張って、音村からペンダントを受け取ると光に翳してみる。ピンク色の石をイルカが抱いている。シルバーがきらりと僅かに光った。
忘れやすいが、音村楽也という少年は中学生だ。いくら大人びていたって、彼は中学二年生、14歳。より年下だ。
「……三千円?」
「え」
「ペンダントに値札ついてる」
「あ」
シールをはがせば、しっかりと三千円と書かれている。しっかりプレゼント用で頼んでおいたはずなのに、変なところでカッコがつかない。そんな少し抜けたところが可笑しくて、は噴出して笑う。呆れたような溜息と、「参ったな」という言葉、失笑。音村もまた笑っていた。
店は相変わらず賑わっている中で、その一角の二人の会話など聞いている人間等いやしないだろう。笑いを堪えるに「笑いすぎだよ」と少し不機嫌雑じりに音村は言うが、その表情はとてもいつもの大人びた表情とは言いがたく、ただの少年の顔だ。
「ごめん、思わず……背伸びしなくてもいいのに」
「してない」
「はいはい。……それで、私は予定がないけど、楽也がデートにでも誘ってくれるの?」
既に見抜かれている考えに、思わず音村はぎょっとしたが、はペンダントを首にかける作業をしており幸い彼を見ていなかった。
淡いピンクが鈍く光る。
「……イルミネーションが、あるんだけど」
「うん」
「…………一緒に、行ってくれる?」
蕎麦屋で言う言葉じゃないよね、とは小さく笑うとくしゃりと音村の頭を引掻くように撫でる。ぽん、ぽん、と何度か叩くと、彼女は鞄を持って立ち上がった。
呆然、ただその動きを見ていた音村だが彼女が急かすように彼を見据えたのであわてて立ち上がり、そして店を出る。その間彼女は二歩前を歩いて、音村を振り返ろうとはしない。
不安に駆られたが――店を出て、10メートルほど歩いてから、ようやく彼女は振り返るとニィ、と至極楽しそうに笑んだ。
「夜まで時間あるから、これのお礼用に楽也のプレゼント買いたいから、付き合ってもらっていい?」
「……ああ」
しょうがないな。そう呆れて笑いながらも、二歩前を歩いていた彼女に一歩、二歩と歩み寄る。背はまだ音村のほうが小さかった。けれど、気持ちではより近くにいるつもりだ。
伸びていく影は、彼らに沈黙しながらも唯唯、ついていく。
長い長い時間を示唆するように。