レイニー・レイニー




「なぁ」
「……なんだ」
「俺さぁ、あの人に何も言えなかった」

 死んだ、といわれても何をいっているのか分からなかった。現実を見ているようで現実を見ていないような錯覚。死というものに対して、が不慣れなせいかもしれない。鬼道のように取り乱すことも無く、フィディオのようにテレスに掴みかかることも出来ず、ただ呆然とそこにいた。
 そんなを鬼道は薄情だとはいえない。自分もまた、彼を一度は切り捨てた側の人間だ。それだけのことを確かに彼はしたのだ。
 どうしようもない、やるせない気持ちが部屋に充満する。
 長い長い沈黙。重たい空気の中ではふ――……と溜息をついた。

「……俺、あの人のこと近くで見てたはずなのにな」
「……俺もだ」
「…………仕方ない、って割り切れないな」

 ぼた、とのズボンに染みが出来る。次々に、二点三点……いくつもの『雨粒』がのズボンに落ちていく。それが涙だということに気付いていたが、鬼道はあえて見ないふりをした。かくいう彼の瞳からもゴーグルで隠れているが大粒の涙がぼたぼたと零れていく。
 総帥。
 総帥。
 総帥。
 繰り返し、繰り返し、出てくる彼の行った行動、いった言葉を思い出す。その度に雨がズボンを濡らして、濡らさないように目頭を押さえてもまた濡れていく。
 何もいえてない、何も出来ていない。もっと話したいことがあった。極悪人といわれても、鬼道にとっては大切な人だった。

「あのひとは、ばかだ」

 どうしようもなく、胸が痛くて、震える唇を噛み締めながらは呟く。本当に、馬鹿だ。あのひとは、馬鹿だ。耳を真っ赤にして、顔を上げることも出来ず、蹲って小さな声で「ちきしょう」とかすれるほどの小さな声で言う。
 殺される必要なんか無かったのに。死ぬ必要なんか無かったのに。酷いこともいわれた、酷いこともされた。雷門中学相手に鉄柱を落とそうとした。大怪我では済まされないようなことを、確かに彼はしていた。神のアクアを作り、世宇子を利用しようとした。帝国の仲間だと思っていた佐久間や源田の心の隙間を利用して鬼道を手に入れようとしていた。
 たくさんの、悪事を彼はしていた。
 ――――そうだと、しても。


「――大嫌いだった」

 あんな人、大嫌いだった。鬼道には呟き、そしてぐっと拳を作って振り返る。

「それでも、お前にとっても、俺にとっても――――いろんな意味で、『特別』だったんだな、あの人は」


 今更すぎるな。は俯きながら、口元だけ歪んで笑ってみせる。鬼道は何も言わないまま、を見ていたが、ゆっくりと小さく頷いた。
 不動は何を考えているのだろう、亜風炉はどう考えるのだろう。佐久間は、源田は、帝国の皆は。彼らは影山が今何をしていたか知っている人と知らない人で分かれる。知らない人からすればただの悪人だ。けれど、思い出がある。サッカー部からすれば2年間、彼に付き従ってきたのも事実だ。


「鬼道」
「なんだ」
「……俺は、あの人のしたことを忘れない」

 悪いところばっかりだけど、と苦笑いをしながら、は座っていた鬼道に手を差し出した。

「……ほれ」
「……悪い」


 もっと大声で、泣きじゃくれたらどんなに良かっただろう。
 けれど、中途半端に彼らは子供でなくて、大人でもなくて、不安定に、運命に立ち向かっていく。
 あの日と違う雨で彼らの瞳は濡れて赤くなっていたけれど、それでも彼らは前をむいて行くしかないのだ。

B A C K

影山がフィディオたちに助言して勝利を収めてからのこと。