※ 木野→円堂 前提です。 ※
【恋をして恋を失った方が、一度も恋をしなかったよりマシだ】
「かの有名な誰かさんはこんなことを言ったらしいよ」
「誰かさんって……」
思わず秋は噴出して笑った。回る椅子に座ってぐるぐる回りながらは「だって名前覚えてないしさー」とけらけら言い返す。決してサッカーとは関係ないその喋りに、サッカーの話をしろと突っ込みを入れるべきなのだが、生憎とこの部屋には今秋としかいない。
つまり、ツッコミが不在なのだ。ここで円堂がいたならサッカーの話になったであろうし、豪炎寺がいたなら妹の話を聞いたであろうし、鬼道がいたなら彼をからかう話になったであろう。けれども秋とが揃うというのは何だか不思議な感じがした。
「そういえば、君と二人で話すのってもしかして初めて?」
「あーかもなぁ。いつも絶対誰かいるし」
ぐるぐる回り続けて酔ったのかはぐぇ、と鈍い声をあげた。秋は日誌を書いていた手を止めて「あんまり初めてってかんじしないね」と笑い返す。それはそうだろう。毎日毎日サッカーに明け暮れて毎日毎日顔をあわせているのだ。これが初めてです、なんていったところで誰も信じてはくれない筈だ。
が帝国から雷門に来たとき、それなりに衝撃が走ったのだが、何だかんだで馴染んでしまっているあたり円堂とはどこか少し似ていると秋はこっそり思っている。恐らくは「いやいやー」と笑って否定し、円堂は「そうか?」と首をかしげて終わるだけだろう。
そろいも揃ってサッカーが大好きでウキウキと語るところとかそっくりなのになあ。
ペンを置いた秋に「あ」とふと思い出したようにが呟いた。
「どうしたの?」
「恋をして恋を失った、とか言わない方がいいよな」
「何が?」
はたまに何を考えているのかわからない発言をする。唐突な話の振りに秋は首を傾げたが、はにんまりと少々悪戯っ子のように笑うと「木野の恋は失って欲しくねーもんな」と言った。
言っている意味が秋には一瞬分からなかった。
ぽかん、と口を半開きにし、まじまじとを見るとは矢張り笑って「実るといーなー、それ」と秋の置いたペンを取ってくるくると器用に回す。
つまり。
要するに。
好きな人が “ 誰 ” なのかにはお見通しだということだ。
そのことに気付いた瞬間秋は思い切りガタタッと勢い良く立ち上がった。
「な、なっ!」
「どーした、木野」
どうしたじゃないだろう。九分九厘お前のせいだろう。そこに鬼道がいたら間違いなく言ってくれるであろうに、残念ながら鬼道は今委員会の仕事で忙しい。円堂と豪炎寺は掃除当番の配置場所が5組ではもっぱら嘆かれる裏庭掃除だ。
秋は思わず「違うよ!」と慌てて首を振った。何がどう違うのかには分からなかったが、あえて「違わないんじゃねーのー」と呑気極まりなく笑って返す。
「だ、だって!」
「だって?」
「うう……その、あの、君が、思ってるようなことじゃなくてその……」
ただ応援をしていたい。ただ、見ていたい。彼のサッカーを、彼の目指す場所を。どんどん声が小さくなる秋には「そーいうもんかー」と妙に納得してキコキコと椅子を鳴らす。
男子と女子の恋愛に対する考え方は微妙に違う。
この頃の男子といえば馬鹿騒ぎをしていることが多い。男子でつるむことが矢張り多くなっている。それでも小学生の頃より恋愛に対しての興味を抱くようにはなるが、円堂の場合はそうではない。恋愛よりもサッカーにいってしまったのだ。恋愛とサッカーと勉強と日常生活、それら全てをたくみに使いこなせるほど円堂は器用じゃない。
はしみじみと「アイツサッカー馬鹿だからなー」と言った。……正直、第三者からしてみればどっちもどっちなのだが、秋はそれを言葉に出来る余裕なんてない。
「だからね、マネージャーとして皆を応援してたいの」
「木野もサッカー好きだもんなー」
「うん、大好き」
秋は一度サッカーから離れたことがある。サッカーを恨んだこともある。それでも、最終的にサッカーに帰ってきた。
勿論そのことは円堂もも知らない。けれども土門は秋のことを話すとき「あいつもいろいろあったけど、結局サッカーが好きでしょうがないんだよ」と言う。土門と秋の過去に何があったのかはは知らない。興味もない。けれど、彼女が結局サッカー馬鹿で、マネージャーで、自分達と同じ方向を違う角度で向いていてくれるのは心強かった。
そして、できればこの周りを見ていて自分のことは最終的に後回しにしてしまう彼女の淡い恋が上手くいけばいいのに、と願わずにはいられない。
「うーん、やっぱさっきの無しな!」
「さっきの?」
「【恋をして恋を失った方が、一度も恋をしなかったよりマシだ】ってやつ」
「どうして? ……その人を好きになれてよかった、って思うのって当たり前じゃない?」
秋はその手を合わせてふわりと笑んだ。
は「でもさぁ、そいつが別の誰かとくっついたら、すげーやじゃん」と唇を尖らせて反論する。どちらが女子なのか分からないような発言だ。秋は苦笑いを返すと「それでも、好きになったことを後悔したくないって思うよ」と自分に言い聞かすように言う。
夕日が会議室に差し込んでくる。夏未はどうしただろうか。春奈は仕事中だろうか。ミーティングをするという話はどうなったのだろうか。そんな様々な疑問はあるが、はこのとき秋の表情を見て「かわいいなー」と呑気にも思った。
「木野ってさぁ」
「うん?」
「……苦労を苦労だって思わないタイプだよなー」
中々そういうのって貴重だよ。
先ほどから何故こんなには自分をべた褒めするのか秋にはさっぱり分からず目を白黒させているとは椅子から立ち上がり、窓を勢いよく開けた。涼しい風が部屋の中に入ってくる。
「――円堂みたいなタイプはいったところできっと「ああ、俺も皆のことスッゲー好きだぜ!」……で終わりそうだよなあ」
「あはは……円堂君だからねー」
「でも、そういうとこが好きなんだろ?」
いきなりの核心に思わず秋はどもった。
先ほどまで遠まわし遠まわしだったのに、いきなりミドルシュートを打たれたような気分だ。慌てて立ち上がると「俺もそーいうこと言っちゃうサッカー馬鹿の円堂好きだけどさ、偶にお前もっと気付けよ!っていいたくなるよなー」とは人の話を微塵もきかずに続けて言う。
……正直なところ、同意せずにはいられず、秋は小さく「うん」と呟いた。
「木野」
「うん?」
「御互い苦労するなー」
「……御互い?」
その言い方じゃあまるでが円堂のことを恋愛面で好きみたいな言い方だ。目を何度も瞬きさせた秋に「ああいうキャプテンだと、つい支えたくなるよなーダチとして」と妙にしみじみしては言った。どうやら意味合いは全く違ったらしい。一瞬でもヒヤっとした自分の器の小ささに秋は自己嫌悪し、に心の中で謝罪することにした。
似ているから惹かれる。
似ていないから惹かれる。
円堂守という人間はとても不思議な人間だ。そして秋は彼とであったことで救われた。豪炎寺も、土門も、鬼道も、も、半田も、マックスも、影野も、宍戸も、染岡も――雷門が彼の影響によって変わっていく。ひとつになっていく。
「……君」
「なんだー?」
「ありがとね」
「……俺なんかしたっけ」
首をかしげたに「うん」と秋は笑った。偶に凄く不安になる自分をは突きつけて「誰にでもあることじゃん」と言ってくれたのだろう。鬼道の事を分かりにくい分かりにくいと散々言っているくせに、自分だって実のところ分かりにくい性格をしているということに恐らくはまだ気付いていない。
単純に見えて複雑。複雑に見えて単純。
そんな彼らはやはりいいコンビだ。
「ところで皆遅いねー」
「なー」
校庭を見ればサッカー部がああだこうだと練習をしている。一瞬は「元気だなー」と思いながら彼らを眺めていたが、はっと現実に引き戻されて「あいつらなんで練習してんた?!」と思い切り窓から身を乗り出した。ええ、と慌てて秋もの隣にある窓から彼らを見ると、あのバンダナをしているのは間違いなく円堂だ。そしてあの独特的過ぎるブルーのマントは間違いなく鬼道のものだ。
「おーい、木野ーー!」
「円堂君、ミーティングはー!?」
「えっ? …………あ―――!忘れてたー!」
が慌てて「鬼道まで忘れるってどういうことだよ!」と叫ぶが鬼道は至って平然と「試合が近いんだ、実践しなければいけないだろう」と言い切った。そういう問題じゃないだろーとが言う姿は何時もと逆のパターンで何だか可笑しくて、次々と「後でいいんじゃない」と言い出す部員に対して秋は噴出して笑った。
「しょうがないなぁ、みんな」
「――あれで俺が遅れたら文句言うってなんかすげー納得いかねー!このサッカー馬鹿どもめ!俺も混ぜろー!」
だかだかだか、と秋の言葉よりはやく疾風怒濤、韋駄天のごとく駆け出していったに秋はまた笑った。先ほどまで恋愛談義をしていたとは到底思えないような突っ走り具合だ。そしてあっという間には制服姿のままジャージで練習をしている彼らの前に乗り込んで行きパスカットすると思い切りシュートを打った。
ああ、ストレッチもしないままやったら怪我に繋がるのに、秋は慌ててにストップをかけるべく、彼女もまた会議室を飛び出していった。
【WILD ROAD】 より 「 恋をして恋を失った方が、一度も恋をしなかったよりマシだ 」