名前が呼ばれることはなかった。けれど、彼は己のプレーを振り返ってみる。
全力を尽くせたか? 自分自身が出来ることは全部やれたか? 後悔はないか?
―― 正直なところ、分からない。
けれども楽しかったのは事実だ。全員が全員「自分自身のために」サッカーをしている中でチームを組み、走り回りボールを奪い合い、シュートをした。白熱した試合を送ることが出来た。それだけは変わらない。
落ち込んでいる暇などなかった。直ぐに顔を上げて、鬼道に佐久間は声を掛けた。
―― 彼は、彼こそが、帝国の誇りそのものだ。
本当を言えば、彼ともっと一緒に「代表」として試合をしたかった。もっと駆けずり回って、彼のパスを受けて、ゴールを決めたかった。世界の人々と、戦っていきたかった。
残念だ。唯、残念だとしか彼には今言えない。
鬼道の手を離して、応援をしてくれた帝国の仲間に向かっていく彼らは暖かく佐久間を迎え入れる。お疲れ様。頑張ったな。そんな言葉を投げかけて、ぺしぺしと頭を叩いて笑って出迎えてくれる。
煩いなと手を払っていると、不意に視線を感じる。顔をそちらに向ければ、と目があった。
いつも動揺しているその目は何時もよりも震えているように見える。
「……さ、くまくん」
「……なんだよ」
「し、試合、お疲れ様」
いつもと変わらない口調。いつもと変わらない態度。いつもと変わらない、弱弱しい笑顔。「いつもと変わらない」それだけのことで佐久間は泣きたくなった。いっそ泣けたらいいのだろう。けれど泣くことは彼の矜持にかけて絶対に許されない。爪が立つほどに拳を作って、痛みを堪えるように真一文字で口を噤むと「佐久間君のプレー、メモしておいたよ」とメモ帳を差し出しながらは微笑む。弱弱しい、女の独特な笑顔。普段なら腹立たしいそれ。……憎たらしい、気に食わない、筈なのに。彼女の笑顔に溜め込んでいたものが零れ落ちそうな気がして佐久間はを見ることが出来ない。
「……」
「さ、佐久間君…あの、字、汚いと思うから、後で部活ノートに書き直しておくね。鬼道さんの分も……」
「…………」
「は、はい」
俺は、全力を尽くせたのだろうか。彼の問いはとても小さな声で零れ落ちた。は目を何度か瞬かせ、おろおろと左右にいた帝国生に視線を配った後に、ごくりと小さく咽喉を鳴らす。
俯いた佐久間の顔は――うかがうことは出来ない。けれど。
「佐久間君、か、かっこよかったよ。……楽しそう、だった」
「……」
「自分の、したいサッカーが、出来てるんだと私には見え、まし……た」
徐々に声が小さくなっていって、不快にさせてないかとおろおろとしている。帝国のチームメイトたちは佐久間がどう返答をするのか彼に視線を送っている――が、佐久間の表情に驚いた。
笑っている。泣いている。怒っている。
どれともつかぬ顔をしている。けれど、辺見は彼が「嬉しいがそれゆえにどんな顔をしているのか分からない」のだと察して思わず口元を緩ませた。
「――なんだよ、辺見」
「別にぃ、応援してたのはだけじゃねーんだけど」
「俺はちゃんとお前たちにだって礼を言っただろ!」
「そーだったかなぁ、なぁ、源田」
「ああ」
「源田!」
あっという間に顔を赤らめてムキになって異議を唱える佐久間と、彼の反応を楽しんでいる辺見や洞面、成神と源田は笑っている。はどうしたらいいのか分からずオロオロと彼らを見ていることしか出来ない。
けれど――。
「マネージャー、俺たちも鬼道さんには負けてられないから明日からまた、特訓をする。……スケジュール管理を頼む」
「は、はい!」
自分もまた彼らの仲間であるということ。そして佐久間に信頼を置いてもらえていること。落選した彼を憩える場所に自分たち帝国が、なれているのだということが――とても嬉しくて、そして、涙が出そうだった。
鬼道は影山の影に悩んでいる。故に「自分の存在が影山を思い出させるのではないか」という悩みがになかったといえば嘘になる。それでも――自分自身が「ここ」にいたいのだと願った。そして、帝国のメンバーは「」にその場にいることを許してくれている。何よりも自分に冷たいよな佐久間が、傷ついたときとは言えにコメントを求めそしてそれに、納得を返してくれた。
―― 力に、なれた。それだけで、心がぽかぽかと温かくなる。不思議なものだ。
「……」
「お、おい! お前からも何かあいつらに言え!」
「え、え?!」
唐突に振られて困惑するに、佐久間は真っ赤になりながら源田に相変わらず噛み付いている。呆然として動くことが出来ないに、ちょこちょこと洞面が歩いてきて、服の裾を引っ張った。
「……、良かったね」
「……う、うん」
「佐久間先輩も、もっと素直になればいいのにねー?」
「う、うん?」
「洞面!」
慌てたように佐久間が叫ぶと洞面はにいと笑顔を浮かべてぴょんと降りてたったと走っていく。
彼の叫びがまた、僅かにこだました。
彼はまだ諦めない。
諦めず続けていれば努力は実ることは円堂や雷門のメンバーを見ていて気付いたことだ。雷門のもう一人のストライカーだってまだ諦めてはいないようで、佐久間に声を掛けると「俺はまだ諦めねーから」と笑っていっていた。……その笑顔に、なんとなく「俺だって」と顔を上げることが出来る。
そして、彼の周りにはチームメイトがいる。自分のチームメイトたちの想いも背負い、彼はゆっくりとではあるが走り出した。