分岐点は今だからこそ


「チームが、ばらばらになっちゃう……」

 目に見えて分かる違和感に思わず立ちくらみがした。彼らがやっと一つの輪になったと思った矢先に起きた出来事。彼女はふらふらとした足取りで部室の入り口にずり落ちていく。
 どうしよう。どうしたらいい?
 答えが出てこない。何も、出てこない。ただ、ぐるぐると同じ問いが頭の中を回るだけ。
 ガラスが割れるように、バラバラになっていく構図を想像し、思わずぶるぶると何度も何度も首をは振る。不意に、影が伸びて足音が聞こえてきたので顔を上げた。
 悩みの種は、そこで怪訝な顔をして、立っていた。

「……か」
「……鬼道、くん……」
「……」

 たった一人の存在で、変わっていくチームに彼女は難色を示した。風丸の「やっぱり強い奴がいいんだな」という悲しい苦笑いが頭からこびりついて離れない。彼の言っていることは、事実だ。強いから外から来てもらう。そして、帝国の――自分たちを苦しめた存在である鬼道を認め、仲間として接している円堂に対しての困惑が拭えない。
 勿論、それはもだ。気にならないわけではない、けれど、“仲間”として受け入れるのには時間が要る。もう試合まで残り少ない時間でこのままではいけないことを分かっていても――心が認めたくないと拒否反応を示すのだ。彼が入ることで、誰かがチームの控えになる。
 ……彼らの努力を知っている故に、彼女は納得が矢張り出来ない。

「……」
「……」
「……」
「……難しいな」

 彼は少し困惑した顔をして見せた。俯いたままのには気付かれぬように、そっと。
 何が難しいのか、彼女には分からない。顔を上げると彼は相変わらずの仏頂面のままだ。

「……コミュニケーションは難しいな」
「……そう、だね」
「お前は、俺を励まさなければ良かったと思ってるだろう?」
「!」

 図星だ。以前会話したことを彼は覚えている。そしてもまた、覚えている。「先輩は鬼道さん側だから」と一年生から言われた言葉が重く重く彼女にのしかかっていることも、彼は気付いているようだ。
 マントをひらり、となびかせ、彼女の横に座ると鬼道は再び沈黙する。否定も肯定の言葉も今の彼女には出てこない。何といえばいいのか、分からない。

「……俺は、帝国の仇をとりにきただけだ」
「……だからって、チームを、壊していいわけじゃない」
「……そうだな」

 ここは、雷門だ。帝国じゃない。
 彼は沈黙した。ただ、沈黙し何かを考え込んで、じっとしていて――はそれを同じように沈黙することで共有しようとする。彼女はマネージャーだ。マネージャーなら公平であるべきで、少しでも助力すべきだ。
 ……けれど、は迷っている。円堂の考えが分からないわけではない。けれど、それは――今までの努力していた人間を無視するような言葉になってしまう。


「……ごめんなさい」
「いや。…………お前のせいじゃない」

 認められない、認めたくないジレンマ。実力があってもチームの中には入ってきてほしくない気持ち。彼もまた、わからないわけではなかった。……目的がある。だから、雷門に来た。それは変わらないつもりだったが――。

「中々、キツイな」
「……鬼道君」
「……ところで、俺はそろそろ自主練をしたいんだが、……そこを退いてくれないか。……着替えられない」
「あ、ご、ごめん」

 部室の扉から退いたに彼は一言だけ「すまないな」と呟いて扉を閉めた。彼の言葉が再び重たくのしかかる。雷門メンバーとしてのチーム。そして、他校の人間の力が加わること。ぐるぐると彼女の頭の中は混乱しスパイラルを描いて、結局答えにも行き着くことが出来ず、大きな溜息を零した。

「……どうしたらいいんだろう」

 何を言えば、彼らをつなぐことが出来るのだろう。どうすれば、彼らと理解しあうことが出来るのだろう。
 そっとは立ち上がり、扉に手を当ててみる。たった一枚の扉だというのに、扉を隔てた向こう側はとても遠く感じた。


「…………駄目だ、しっかりしなきゃ」

 私だってマネージャーなんだから。ぶるぶると首を振って、もう一度扉に触れる。ひんやりと、扉は冷たかった。
 けれど、彼女は心を決めたように扉に触れた手を握りこぶしに変えて、とんとん、と少し荒々しい扉を叩く。

「鬼道君」
「……なんだ、騒々しい」
「あのね、私、鬼道君と皆がチームとして馴染める様に……後、私も鬼道君をチームメイトとして、迎え入れることが出来るように頑張るから」

 いつか、本当の「チームメイト」として一緒に試合に迎えるように。切磋琢磨が出来るように。彼女は顔を上げて、ゴーグル越しの彼の目を見つめる。その手をゆっくりと差し出した。鬼道は手をじっと見つめた後怪訝な表情で彼女を見据える。は動揺も困惑もしていない、いたって落ち着いた顔で彼を見つめ返す。

「……だから、鬼道君も――このチームを知ってほしい」
「……お前の言っていることがよく分からないんだが」
「利用するだけじゃなくて、一人一人を見てほしいって言ってるの! 鬼道君にとって帝国が大事なように、ここは私たちにとってはかけがえない場所だから」

 好きになって、とは言えなかった。それは押し付けだから、彼女には言うことは許されない。けれど、一人一人がバラバラになっていくのは耐え切れない。必死には縋るように彼の手首を掴んだ。

「鬼道君が帝国の人間でも、今は……雷門の人だから」
「お前といい円堂といい、おかしなことを言うな」

 手を振り払い、彼はボールを一つ持つとスタスタと彼女の横を通り過ぎていく。「私は諦めないからね!」との声が彼の耳に届くが、それを知らない振りをする。サッカーを知らない彼女が自分にこのチームを知ってほしいという。何かのジョークのつもりかと錯覚すらしてしまうような状況下に思わず鬼道は失笑した。ただ、悪い気はしない。変な奴だ。もう一度小さく呟くとふっと口元が緩んだ。

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