染まる。

 人は、一人では生きていけないという。

 土門は夕焼けに染まる河川敷に一人黄昏ているを見つけると、その言葉を思い出した。
 帝国の爪弾き。異色。異端児。様々な吹聴により噂が一人歩きしている人間。サッカーの腕前は上々、即戦力。どこまでが本当で、何処までが嘘かは分からない。
 けれど彼は、常に一人でいる。学校でも、ここでも、どこでも。辛くは無いのだろうか。
 カァ、カァと烏の声が何処からか聞こえてくる。河川敷にあるサッカーフィールドでは子供達がサッカーに明け暮れていて、ボールを蹴っている。彼はそれをただ、じっと見ていた。

「……」

 じっと土門は彼を観察していた。溜息を零すことはなかったが、その目は憂いに帯びていて、少年少女に対してどこか羨望のような憧憬のような色をした目を向けている。
 それは、普段の彼とは想像すらつかない表情で、その違和感に土門は心の片隅で「そうか」とずっとどこか引っかかっていた違和感に気付く。
 彼と自分が似ていると思ったのは、きっとこういうところだ。

さん」
「……おっ、土門じゃん。久しぶりだな」
さんこそ、相変わらず神出鬼没っすねー」

 土門が声を掛けると直ぐに彼は表情を切り替えて明るい笑顔を浮かべた。自然すぎる切換えに思わず苦笑したくなったが、それを抑えて、フィールドで遊ぶ子供達に視線を落とす。
 ただ、楽しそうに彼らはサッカーをしていた。センターの少女がラ・ボーナをして見せておお、と僅かに歓声があがる。隣を見ればは両手をポケットに手を突っ込みながら矢張り子供達に目を向けていた。

「……楽しそうにしちゃってまぁ」
「やっぱすげー技が出来ると嬉しいってのは年齢を問わず、ってことなんだろうな」
「まぁ、出来たらそりゃー嬉しいですけどねー」
「……で、お前、俺に何の用事?」

 土門との関係を説明するには間に帝国学園サッカー部、というものが聳え立つ。影山という男と、鬼道と言う少年。彼らが二人を繋ぎ合わせる。
 土門はサッカー部の人間だ。そして、はもうサッカー部をやめた人間だ。彼ら二人の接点は「元」同じ学校なだけで、土門が何をしているかなどには興味もなく、関係もない。相変わらずの口調に思わず土門は苦笑し、腰をどか、草に落とした。

「別に、見かけたから声をかけただけっすよ。さんそういえば稲妻町出身ですもんね」
「お前今雷門にいるんだっけ?」
「そーすよー」
「ふーん」

 俺も雷門いっちゃおうかなぁ、なんて彼は薄く笑った。土門は彼を振り返るといつものように歯を見せてくつくつと楽しそうに笑う。悩みなんてないように、楽しそうに、何度も声を出して。
 彼は、土門が何故雷門に転校したのかを知らない筈だ。そして今、土門がどうして此処に来てしまったのかも知らない筈だ。だというのに、彼は、夕焼け空の下で遊ぶ子供達を見て土門との会話を交わす。

「鬼道の相手も大変だろ」
「……何がすかねー?」
「あいつ、あれで結構細かいこと気にするからさ、大変だろーって思ってさ」

 わぁ、と歓声があがる。少女のパスに少年がヘッドで合わせて一点入れたようだ。
 自分達にもあんな頃があったのだとほんの3・4年前のことを振り返り土門は内心一人思う。あの頃は、ただボールだけを蹴っていれば楽しかったし、気負うものも何も無かった。一之瀬と、西垣とでペガサスを出す特訓をして、自分達を応援してくれる秋がいて。走り回って。

 幸せだった。楽しかった。

 けれど、それももう過去の話だ。一之瀬は死んで、西垣はどうしているか分からないし、秋を欺いている自分に嫌気が差す。騙していることを知ったら彼女は泣くだろうか、怒るだろうか、軽蔑するだろうか。土門の中には最悪のパターンがいくつか思い浮かび、内心で苦笑する。きっとそれが本当になったら泣いてしまうだろうに、それでも彼は取り繕おうとしている。

 誰に? ――自分自身にだ。
 円堂とのサッカーは不思議と楽しい。そしてまるで似ていないのに円堂と一之瀬は似ている。それが故に秋は彼に惹かれているのだろう。……土門自身も、彼に不思議と魅力を感じている。そして、スパイである自分と向き合ったときに絶望するのだ。何をしているのだろう、自分は、と。

「土門」
「え」
「サッカーしようぜ」
「……ハイ?」

 は帝国の制服を脱ぐと、鞄の中に無造作に突っ込みそのまま坂をズサササササ!と音を立てて降りていく。「俺ともサッカーしようぜガキんちょども!」という声を張り上げて、子供達を驚かせながら、彼は降りていく。
 とんでもないむちゃくちゃぶりだ。土門は思わず目を見張り、を目で追いかけた。子供達は「うわぁ?!」と驚いたようだったが、がボールを子供からひょい、と奪い取ると軽やかに足でボールを拾い上げて額で受け取り肩を使ってトン、トンとリフティングを続ける。

「こらー返せよぉ!」
「ほらほら取ってみろって」
「くっそお!」

 ひょい、と子供が足を上げたのを見計らい、彼はボールを思い切り蹴り上げた。
 高く、高く、空を舞うボール。垂直に、真っ直ぐにボールが上がったのを土門は思わず見上げて見つめる。白と黒のボールが、真っ直ぐに上がっていく。
 そしてボールが重力に従い落ちてくると彼は首を少し前に突き出してその微妙な首の上に、ボールを乗せた。
 くい、と体を跳ねて、再び足元に戻すとそのままダイレクトにボールを思い切り蹴る。どこに蹴ってるんだよ、と子供の声がしたが、それはぐん、とカーブを描き土門へと向かう。

「土門! ほら、サッカーしようぜ!」
「げっ、マジかよ!」


 彼のパスをどうにかこうにか土門はそれを受け取る。子供達がブーイングをしたのに対しては全く気にしない素振りで「ほらほら速くしようぜ」と手招いている。
 マイペースなのは、誰も彼も一緒のようだ。
 ……少し胃が痛い気がしたが、土門はパスをに送ってそのまま同じように坂をずささささと降りていく。
 そこからはもう考えるよりも先に体が動いていく。土門がパスを送って、そしてそれにがヘディングで受け取りゴールを突き刺す。白いシャツが土だらけになるというのに、彼は走り回って楽しそうに笑っていた。
 泥臭い人間だ、と土門は思った。とても帝国の人間だとは思えない程に彼は土まみれになって、笑って、ボールを蹴って、ゴールを決めて少年達とハイタッチをしている。
 夕焼けが沈む頃、すっかり彼らが乱入したことを楽しみきった子供達がボールを持って「ばいばい!」と笑いながら去っていくと、と土門は揃って草原にバタンと倒れた。子供と言うのは容赦をしない。我武者羅に突っ込んできて、そしてそれを我武者羅で返せば当然疲れは出る。けれど、思い切りボールを蹴れたことを――彼は楽しかった、と呟いたのだ。

さん」
「いいよ、別にで。つーか何で敬語なんだよ」
「や、なんとなく」
「いいっていいって。俺別に大した人間じゃねーし」

 ざぁぁ、と夏風が彼らの火照る体を冷やすように通り過ぎる。心地好い風だ。土門は鞄の中からタオルを取り出して顔の汗を拭い、既にもう温くなってしまったスポーツドリンクをぐっと飲む。
 何に悩んでいたのかを一瞬忘れさせるような、サッカーだ。技術というよりは、ぶつかり合いの、泥臭い試合。雷門に近いものを感じさせた。


「なー土門ー」
「なんだよ」
「帝国のことなんか気にするなよ」

 お前、雷門のほうがきっと合ってるんだよ。の言葉は空気を読まない、そしてとんでもない言葉だ。何も知らないからこそ言える言葉なのだろう。知らないのに、妙に核心を付いた言葉に思わず土門がどもれば「雷門でお前も頑張れよ」と歯を浮かべて再び彼は笑った。
 爪弾き。異端児。異色。帝国では一人きりの少年。鬼道が、気にする少年。をじっと見ればは出し切ったかのように爽快な表情をしている。先ほどの憂いを帯びた顔とは程遠いそれに、彼らしさが戻ってきたように思えた。


「……
「うん?」
「無理して明るくする必要ねーんじゃねぇの、一人のときぐらい」
「……おっまえ、鋭いなぁ」

 は苦笑いをしていたが、土門は唯「まぁ、俺こういうこと長けてるから」と笑い返すだけで何も言わない。
 二人が沈黙しているというのに、河川敷は相変わらず烏の鳴き声だとか、豆腐屋の笛の音だとか遠くから聞こえてくる。ぐう、と腹が鳴る音すらしてきて何が何だかもはや分からない。
 はごろん、と草原に転がると「でもさぁ」と僅かに異論を唱えるような口調で掌を空に透かす。

「そういうお前だって、疲れるんじゃねーの?」

 血脈がよりくっきりうつる。掌を太陽に、という歌もあながち外れていないものだ。生きているから辛いし生きているから楽しいのだろう。は手を再び放り出すと首だけで土門を見た。
 土門は驚いた顔をしっぱなしで、のいった言葉が理解できず僅かに硬直している。

「お前だって、疲れるときあんじゃねぇの? ……俺が明るいっつーなら、お前だって無理して笑ってるじゃん」
「…………そんなことたぁ、ねぇよ」
「そんなことあるって」
「ない」

 土門の中で、感情は明と暗では明の部分しか出してこなかったつもりだ。視線をに送れば、は「そうかよ」とだけ笑った。この男は何を考えているのか――土門には分からない。
 と鬼道の間を隔てる亀裂も、と影山総帥の間にある確執も、と帝国サッカー部の距離も、彼には分からない。は何も話さないし、帝国の面々も彼の名前を挙げることすら禁句に等しかった。
 けれど、直接接する限りでは――は、唯のサッカー馬鹿だ。円堂守とも近しい何かを感じさせる、ただのサッカー馬鹿。それ以上でも以下でもない。

「サッカー、やっぱり楽しいよなぁ」
「……そーだなぁ」
「あ! しまった、俺これから人に会うんだ、わり、土門先に帰るわ!」

 彼はまるで台風のようにばたばたと騒ぎ立てて「じゃあまたな」と言い残し走り去ってしまった。
 本当に騒がしい奴だ。――そう土門が苦笑を落とすと、陰りが出来る。忘れ物だろうか、顔を上げれば、そこにはではなく鬼道が立っていた。

「……相変わらずアイツは騒がしいな」
のことっすか」
「……状況は」
「特に変わらず、ってところですかね」
「そうか」

 鬼道は、の走り去っていった方向をぼうっと見つめていた。土門もそれに倣い、そちらを見る。既に彼の後姿はなくなっていた。
 鬼道という男とという男の関係は奇妙だ。絶対に近づけないようでいて、それでいてお互いに確実に意識しあっている。ライバルとしてか、仲間としてか――それは分からない。

「お前はをどう思う」
「騒がしいっすね。……後は、以外に影がある」
「影? 馬鹿の間違いだろう」

 アイツは底なしの馬鹿だ。
 そういいきると鬼道はぱたん、と携帯を閉じた。「引き続き、頼んだ」そういいきると、彼はとはあえての正反対の方向へ歩いていく。

 不器用な人間だ、と土門は思う。
 鬼道有人という天才ゲームメイカーは、冷静沈着だというのに、に関しては感情をむき出しにしている。馬鹿。そう言い切って意見をシャットアウトするということは――矢張り彼にとっては気になる存在なのだろう。
 人は、一人では生きていけない。
 はあんなにも明るく笑っているのに――一人だ。そして、それを悟られないようにいつもと同じ態度で笑っている。
 鬼道は、そんなを「馬鹿」だと言う。一人で全て勝手に決めて、辛くも何でもないような顔をして、自分達の気持ちを考えない、馬鹿だと繰り返す。
 鬼道との反発は、彼らが溝を埋めるのに時間が実はそうかからないのではないか、と土門は悟る。

「……まぁ、俺には関係ないけどさ」

 こういうのはどうにも気になってよくないよなぁ。コキ、と僅かに首を捻ると自分自身が悩んでいたことも合ったはずなのにすっかり彼らのことを考えている自分に気づいて、思わず笑みを落とした。

 彼が笑顔で濁して内面をいわなかった理由と、自分が笑顔で濁して言わない真意は近い。
 お互いに、隠している。は、鬼道や帝国のメンバーに。土門は、雷門のメンバーに。
 いつか、言える日が来るのだろうか。そして、言って許されるときはあるのだろうか。

 答えは、矢張り出なかった。


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