裏切りの代償

「よっ、佐久間。生きてる?」

 のんびりと扉を何度かノックするとそのまま彼は返事の有無を聞くより前に部屋に入ってきた。佐久間は体の痛みを堪えてどうにか起き上がると「痛いなら寝てれば」と急がせるわけで求めるわけでもなく、彼は言う。
 お土産といいながら渡してきたものはお見舞いというには不恰好な、駄菓子屋で購入してきた様なお菓子の詰め合わせだ。佐久間は僅かに驚いて、その紙袋の中に詰め込まれた見覚えの無いその菓子類をじい、と見つめ続ける。

「ん、どした」
「……いや、見たこと無いものばっかりだな」
「あー、そうか。いや、鬼道も一緒に選んだんだけど、あいつも二回目って言ってたっけ。駄菓子屋、稲妻町にあんだよ」

 興味津々だといわんばかりに一つ一つベッドに繋がったテーブルを出しておいていく。オニオンサラダとサラミ味、チーズ味のうまい棒が転がる。
 続いてコンビニでも見たことが無いようなものが一つ二つと次々増えていく。がその横からお勧めはサラミなんだけど、と口を挟んでいく。

「……酢だこさん太郎、焼肉さん太郎、よっちゃんイカに酢昆布にチーズおやつカマンベール入り……おっさん臭いな」
「その辺は鬼道のチョイスだぞ」
「何?!」
「うっそ」

 べし、と粒ガムの箱をこれでもかと言わんばかりのスピードで佐久間が投げつけてくるがそれを器用にはキャッチし、再び机に置いた。
 10円ガムに飴、ヨーグルにドーナツ、餅にチョコレート。更にコンビニで普通に売っているチロルチョコまで詰め込まれている。一体この駄菓子だけでいくら費やしたのだろうか? しかも彼のもう片方の手には同じように茶色い紙袋に菓子が見え隠れしている。しかもその隣にはミスタードーナツの箱が置かれている。……あえて見ない振りをしたほうがいいのだろうが、目ざとい佐久間は思わず頭を抱えた。

「馬鹿かお前! いくら費やした!」
「え、そんな費やしてないって。佐久間の分で1800円弱、源田ので2000円ぐらい。後これ雷門の皆からの差し入れってことでミスドのドーナツ」

 これだけ買っても1800円。駄菓子屋の本気ということなのだろうか。思わず佐久間はテーブルに乱雑に置かれた菓子類をマジマジと見つめた。
 一気に白かった部屋が、そのテーブルの上だけ色とりどりになり、満足げには何度か頷いた。

「これで暫く甘いもんには困んないだろ。いやぁでもさぁ、鬼道が箱で買ったほうがいいのかって万札出しかけたのを止めるの大変だったんだぞ」
「……それで、お前の用事は何だ」

 何の用事もないのに彼が顔を出すなんてことは珍しい。それも大きな喧嘩をした後のことだ。気まずいのと同時に会いたくも無い気持ちが強かった。それはもまた同じであると佐久間は思っているのだが――彼はどうにも違うらしい。
 そうだなぁ、とのんきに彼は一言言うと締め切られた窓を思い切り開けた。ぶわ、と風が一気に入ってきてカーテンが揺れる。佐久間の銀の髪も緩やかに風に揺れた。は窓の手すりに寄りかかると「お前さ」とまるで世間話をするように呟く。

「源田と一緒に総帥んとこ居て、どうだった?」
「……どう、って」

 どうして彼はこうも人の気持ちを抉るのだろうか。今は触れてほしくない話題だというのに、堂々と彼は問う。こちらを見ようとしない態度にも佐久間からすれば喧嘩を売っているように見える。
 総帥。影山、総帥。思い返せば佐久間自身なんてものは彼にとって何の価値もないのだろう。精々鬼道のための駒。歩兵だ。そして不動も二流と称した。そんな男に自分が利用されて彼に心酔していた時期があったと思うと穴に入ってしまいたくなった。それはだって同じのはずなのに、だ。

「……お前が、余計に羨ましかったよ」
「……佐久間」

 は眩しい存在だ。鬼道とは違う、全く別の意味での眩しい存在。それが故に妬ましいのだ。サッカー部というつながりがなくなっても鬼道はとの交流を止めない。自分はどうなのだろうか。……それが、不安材料の一つになった。
 自分達を捨てたなんて思っていない。彼は自分達の仇を取ってくれるために雷門にいったのだ。けれど、彼の隣に立ち、彼を守るのは自分達ではもうないこと。そして傍に居るのはであることがどうにも認めたくなかった。フットボールフロンティアが終わったなら帰ってきてくれたって良かった。でも彼はそれをしなかったのだ。
 余計に、真綿で首を絞められていく気がした。

。……鬼道さんはどうしてる?」
「相変わらず、サッカーバカやってる」
「……そうか」

 さわさわと風が吹く。は静かに振り返ると、佐久間に大きく頭を下げた。「ごめん」と搾り出すほどの苦い声で、普段の快活さからは信じがたいほどの顔で、彼は佐久間に頭を下げる。

「……俺、自分のことしかいつも考えてなかった」

「お前や、源田だけじゃなくて……帝国の連中には嫌われてるのは知ってる。……それだけのことをしてきたのも分かってる。許してくれなんて言えない。……でも、俺は」

 それでもお前らとまたサッカーが出来れば、って思ってる。
 なんて貪欲で強欲で我侭な意見なのだろう。顔を上げることなく切迫した空気をかもし出すを佐久間はじっと見ていた。ここで罵倒することも出来る。けれど、そこまでは思い当たらない。
 彼は我武者羅な男だ。自己中心的なこの男が頭を下げるのを佐久間は始めてみた。彼は一体何人に頭を下げたのだろう。

「……」
「本当に、ごめん」

 帝国の仲間達を思い出す。彼らはをどう捉えているのだろう? 自分と同じように嫉妬し、嫌悪していた筈の彼らを裏切ることになるかもしれないが――佐久間は軋む体をどうにかして起き上がらせると「顔をあげろよ」と僅かに呟いた。
 がゆっくり顔を上げると、すこん、と音を立てて何かが頭にぶつかる。それを拾い上げれば、先ほど机に並べた菓子の一つだ。

「佐久間」
「……それ、さっさと開けろ。 どうせお前も食べるんだろ。ポットあるからお茶も淹れてこい。……それで、チャラにしてやるよ」

 がとても驚いた顔をしてのを見て、佐久間は察されぬ用に笑った。ざまあみろ。だが彼は直ぐに笑って「応」と言う。言葉はそれ以上要らなかった。が淹れた茶はやたら苦かったが、甘ったるいドーナツや菓子と合わせると丁度よく、二人でくだらない会話を暫く繰り返した。
 風が、さわさわと吹いてカーテンが穏やかに舞う。綻んだの笑顔に佐久間は「次試合をするときはお前の鼻をあかしてやる」と挑戦的に笑った。


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